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仲の良い女子学生同士のように、お互い目くばせしながら面白そうに笑う二人を見て、クラーラはポカンとしてしまう。
こんなに笑う二人を見るのは、2ケ月前にとある貴族から寝間着に香木の香りを焚きしめて欲しいと依頼を受けたローガが、試着で女性ものの寝間着を身に付けて以来だ。
ただそれよりも心なしか爆笑度は強い。
(何がそんなに面白いんだろう)
先輩研究員二人は、人生の先輩でもある。
ここに来た経緯は、未だに聞いてないし知るつもりも無いけれど、美人で気さくで優しい。
ベルベットのような光沢のあるブラウンショコラ色の髪に、ぽってりとした唇が印象的なリーチェは、長身でスタイル抜群。深緑色の瞳の下の泣きボクロは官能的でより彼女の魅力を引き立てている。
対してナタリーは、タンポポの綿毛のようなふわふわのアッシュグレーの髪に、勝気な猫のようなダークブルーの瞳。ふっくらとした身体つきを自覚している彼女の所作は、全てが可愛らしいの一言で片付けられる。
つまり、どちらも女性として足りないものは何一つ無いと思うくらい素敵な人達なのだ。
「クラーラちゃんは働き者で、見た目だって可愛いのに。どうしてこう恋愛に関してだけは淡白なのかしらねぇ」
「やっぱりサリダンとローガのせいかしら?あの二人、研究馬鹿っていうところを抜かしたら、まぁまぁイケてる部類に入るから。あんなのを毎日見ていたら、そりゃあ、恋人基準だって上がっちゃうわよねー」
二人の会話に上がったサリダンは、褐色の肌に赤髪のダンディな先輩研究員。金色の瞳はとても珍しく彼が異国の人であることは一目瞭然で、長身で無駄のない身体はエキゾチックがかっこいい。
ローガも同じくイケメンだ。癖のある茶褐色の髪に栗色の瞳。”手が届くイケメン”という異名を持つ彼は、人懐っこい見た目と同様に面倒見が良く、そこにいてくれるだけでなんだか明るくなるお日様みたいな男性だった。
「ちなみに、クラーラちゃんはあの二人ならどっちがタイプ?」
「ええー。そういう基準で見てないので、黙秘させていただきます」
サリダンもローガもカッコいいけれど、先輩研究員でしかない。
真夏に上半身裸で白衣を羽織る姿を自分に晒しても、恥ずかしがることもしなければ、こちらも赤面すらしない関係だ。
そんな彼らから、もし仮に告白をされても、どう頑張ってもそういう相手としては見れない。
と、いうことも包み隠さず伝えれば、ナタリーは「ふぅーん」と言って、つまらなそうに唇を尖らした。
けれども、髪を結い終えたリーチェが、何かひらめいたようにパンっと両手を叩いた。
「なら、学生時代に恋をしちゃって、それをまだ引きずっているとか!?」
的確に触れて欲しくないネタをぶっこんでくれた。
「ぅへぇは……い!?」
自分でも情けなくなるほど、狼狽えてしまう。
「あら、図星みたいね」
「クラーラちゃん、お姉さまたちに嘘はいけませんよ」
前後から二人にギュッとされたクラーラは、新米兵士のようにぴきっと固まった。この海千山千の美女に誤魔化しは通用しない。
さりとて自ら話すことなどできるわけもない。ここは黙秘一択だ。
しかし、香料担当のナタリーの嗅覚はそれすら感じ取ってしまう。
「あらあらこれは、これまでに無い絶品の香りね。ねーえーリーチェ姉さま、わたくし実は自白作用のあるキャンドルなんぞ作ってしまったんですが」
「素晴らしい。さすが我が妹ナタリーちゃん。さっ今すぐ火を灯すのよ」
はぁーい、と元気よく返事をするナタリーにクラーラは本気で焦った。
(ヤバイ、ヤバイ!絶対にゲロるっ)
容姿も、頭脳も、弁舌も、押しの強さも、何一つこの二人に勝てた試しが無い。
だからクラーラは卑怯な手段だとわかりつつ、持ち前の素早さで二人の包囲網を掻い潜ることを選んだ。
「すいませんっ。私、時間なので行ってきます!!」
白衣を脱ぎ捨てて、転がるように廊下に出たクラーラの背に、リーチェとナタリーが引き留める声が刺さる。
でもクラーラはそれを無視して、全速力で駆けだした。
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