3.流れ星に願うのは

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「……眠れない」  自室に戻って、ナタリー特製の入浴剤で半身浴を楽しみ、いつもより早くベッドに入ることができたというのに、上手く寝付けずにクラーラはベッドの上をゴロゴロとしている  実のところ今日どころか、ここ最近─── ヴァルラムが室長となってから、ろくに眠れていなかった。  目を閉じれば、過去の彼と今の彼が交互に現れ、否が応でも悶々とした考えに支配されてしまい、どうしたって睡眠を取ることができないのだ。 「……駄目だ」  寝返りを打つことに疲れたクラーラは、ベッドから起き上がって窓辺に移動する。  見上げた夜空は、息を呑むほど綺麗な星空だった。  研究室ではきっと酒盛りの最中だろう。そこに顔を出しても、サリダン達は邪険にすることはしない。「ようっ」と笑って、「こっちにおいで」と言ってくれるはず。  助手となって早3年。それくらいの人間関係は築いている自信はある。だが、お酒を勧められて断る自信はちょっと無い。 (んー……そうだ!温室まで、お散歩しようっ)  初夏の季節は、トレニアという夜光花が温室で綺麗に咲く。  トレニアは比較的丈夫で育てやすいことから公園や中流階級の花壇でも植えられる花である。  ちなみに研究所では、染料の材料として育てていたのだが、ひょんなことから日中に光を溜め込むことが判明し、試しにヤコウダケ(発光キノコ)を近くに植えたところ見事な夜光花となったのだ。  それは偶然の産物ではあるが、ここでしか見ることができないもの。  だからクラーラは毎年見に行くのを楽しみにしていた。ただ、今年に限って不測の事態に見舞われたお陰ですっかり忘れていたけれど。 「よしっ、見に行こう」  どうせ部屋にいたって眠れない。  思い立ったが吉日とばかりに寝間着にショールをひっかけると、クラーラは部屋を後にした。  女子宿舎を出たクラーラは大きく深呼吸する。花壇の土が湿気を含んで、夏の匂いが全身に行き渡る。  働き始めた当初、夜の研究所はあまりに静かで暗く不気味だった。  それに別段動物好きではなかったから、闇夜で何の予告も無く服の裾をハムハムされたり、背後から手のぴらをペロンペロンされる山羊や鹿に対して、その都度悲鳴をあげてしまっていた。  もちろん今だって、小さなランタン一つでは足元は心許ない。  でも、勝手知ったる研究所内で、しかも夜光花が咲いている今は、ランタンが無くても十分歩道を歩ける。石畳もどこが欠けているか、身体がちゃんと覚えている。  時折カサゴソと茂みをかき分ける音がするが、それは鹿のナラか、ウサギのナンテンだろう。ハムハムもペロンペロンも慣れたから、もう驚かない。  ちなみにヤギのメコは、昼行性だから今は林の中でお休み中だ。  だからクラーラは怖がることなく、しっかりとした足取りで温室までてくてくと歩いていた。  しかし、目的地まであとちょっとというところで、ピタリと足を止めた。 「……あ」  温室の前にあるベンチには既に先客がいた。  しかも見知った顔─── ヴァルラムだった。
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