3.流れ星に願うのは

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(どうして? ヴァルがこんなところにいるの??)  勤勉な彼は、いつも夜遅くまで仕事をしている。普段なら、まだ室長部屋の執務机でせっせと書類にサインを入れているはずだ。  だけど、今はすっかり板についた白衣姿ではなく、シャツだけの軽装だった。  長い足を投げ出すように組んだ姿勢でプラチナブロンドの髪を夜風に遊ばせている彼は、どこか寂しそうでいて、とても自然体のようでもあった。   ただここに彼がいることは、どうにも解せない。  もしかして待ち伏せされたとか?いやしかし、自分は気まぐれに外に出ただけだ。  となると、こんな場所で物思いにふけっているのは、共同研究室での酒盛りがあまりにうるさすぎて、ここに避難してきただけなのかもしれない。  それとも、今日は自分と同じように早めに仕事を切り上げて、マノア植物研究所名物夜光花を愛でたいのだろうか。   立ちすくんだまま、そんなことをつらつらと考えてしまう。でも、すぐにどちらでも良いことだと、その思考を振り払う。  兎にも角にも、この予期せぬ邂逅は嬉しくない。  自分の立ち位置はヴァルラムから見て正面ではなく、斜め後ろ側。しかも幸いにも、彼は気付いていない。 (……よし、帰ろう)  夜光花に後ろ髪を引かれるが、そんなもん明日で良い。最悪、来年まで待つのもアリだ。  そう自分に言い聞かせたクラーラは、つまみ食いをする子犬よりもっと慎重に、そぉっと身体を反転させ、抜き足差し足で自室に戻ろうとした。けれども、 「クラーラ、逃げないで」 「……っ」  切羽詰まった声に呼び止められ、悔しくもクラーラは動けなくなってしまう。  ここで彼を無視して部屋に戻れは、嫌われる可能性大だというのに。 「ちょっとだけここに来てくれないか?」  懐かない猫に声をかけるより、もっと慎重な口調でヴァルラムはクラーラを引き留める。 「……」 (そんな声出すのは、ズルい)  クラーラは唇を噛み締めながら、ショールをぎゅっと握りしめる。 「頼む。この前みたいなことは絶対にしないから。約束する。……少し話をしたいだけなんだ」  その申し出にクラーラは散々悩んで、悩んで、葛藤して───  「はい。わかりました」  結局ヴァルラムの隣に腰かけることを選んだ。 ***  山から吹く夜風は、この季節でもひんやりとして心地いい。  けれど、座ったは良いが一向に口を開かないヴァルラムの隣に居るのは居心地が悪い。 (かといって、私から話しかけるのもなぁ……っていうか、そもそも当たり障りのない話題が思い付かない)  満天の夜空の下で二人っきりになるというシチュエーションだけで、もうクラーラはあっぷあっぷだ。  しかも、お付き合いをしていた頃だって、こんな夜中に一緒に過ごしたことは無い。夕方にはお別れする健全な男女交際だったのだ。   ちらりとヴァルラムを見る。  そうすれば視線を感じたのか、すぐにヴァルラムはこちらを向いた。  でも、どんな表情を浮かべているのか確認する前に、彼はまた空を見上げてしまった。
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