3.流れ星に願うのは

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 満天の星空に、地平には夜光花。見渡す限りキラキラしていて、きっと夜の天国はこんな感じなのだろうとクラーラは素直に思う。 「……すまない。失言だった」  「へ?」  不作法にも足をぶらぶらと揺らしながら空を見上げていたクラーラは、ヴァルラムの突然の謝罪に自分でも笑ってしまうほど間抜けな声を出してしまった。  なかなかの例えだったのになぜ謝るのかと首を捻ったが、少し間を置いて気付く。  ヴァルラムは、父を亡くした自分のことを気遣ってくれたのだと。 「気にしないでください。室長」 「……いや、しかし」 「ふふっ。どーせ、父は天国にいたって本ばっかり読んでいるんでしょうから。もしかして自分が天国にいることすら気付いていないかもしれませんし」 「そんなこと……いや、かもしれないな」  礼儀上、咄嗟に否定しようとしたヴァルラムだったけれど、それが嘘になることに気付いて結局クラーラの言葉に同意した。  そんなヴァルラムを見て、クラーラはへへっと笑う。  そりゃあ、死んでしまった父の事を思い出すのは辛い。  でも、辛くて良いのだ。  いつまで経っても慣れない切なさは、愛していた証拠だから。大切だったからこその胸の痛みだから。  そんな気持ちも、ちゃんと言葉にして彼に伝えてみる。  クラーラがぼそぼそと言い終えた後、ヴァルラムは短く「そうか」と言って、寂しそうに笑う。 (……大人になっても、こういう部分は変わっていないんだな)  他人の意見に左右されず、正しいことはきちんと認めて間違っていることは素直に認める。  自分の意見を押し付けたりしないし、他人の考えを否定したりもしない。  育ちが良いのもあるが、彼が己の立場に驕ることなく誠実に生きているからこそできるのだろう。  それは簡単なようで、なかなか難しい。  自分の主張が通らなかったからといってムキになって大人げない態度を取り続けている自分には到底不可能なことだ。 (ヴァルはどこにいても、何をしてもヴァルなんだなぁ)  そんなふうに素直に思えるのは、夜光花が綺麗に光っているからだ。そうだ、絶対にそうだ。そうに違いない。  「─── なぁ、クラーラ」  自己暗示をかけつつぼんやり夜空を見上げていたら、ヴァルラムの芯のある声が響いて、クラーラはびくんと身を竦ませた。 「……な、なあに……いえ、なんでしょう?」  しどろもどろに返事をするクラーラに、ヴァルラムは少し寂しそうに笑う。 「一つ聞きたいことがあるんだが、良いかな?」  問いかけている体ではあるが、拒否を許さない口調にクラーラはぎちぎちと音がしそうなほどぎこちなく頷いた。 (ど、どうしよう。また婚約云々のことを聞かれたら……)  ここ数か月ヴァルラムはちゃんと約束を守ってくれている。  婚約を破棄して、それを撤回したことを公言したりなんかしないし、彼だけが口にしていた愛称も封印してくれている。それに初日にやった破廉恥なことも強引にしたりしない。  もちろん婚約者とバラされたくないなら……などと脅して、無理な要求を突き付けることだってしない。  そりゃあ、少々構いすぎる部分はある。あるけれど、それだって室長という立場の枠からはみ出していない。多分、きっと。 (そんな彼が、わざわざ前置きをするってことは、やっぱり……)  次に放つヴァルラムの言葉が怖くて、クラーラはごくりと唾を呑んだ。
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