3.流れ星に願うのは

8/12
82人が本棚に入れています
本棚に追加
/80ページ
 ヴァルラムとサリダンと別れてから再びキノコ取りに熱中すること1時間。ツンツンと白衣の襟を引っ張られる気配がして、クラーラは何の気なしに振り返った。 「その辺にしとけ、クラーラ。熱中症になるぞ」 「ぅえはぁい」  てっきり鹿のナラかヤギのメコがちょっかいを出しに来たと思っていたが違った。  間抜けな返事をすると共に振り返れば、呆れ顔のサリダンが、こちらを見下ろしていた。 「日陰ですから、大丈夫ですよ」 「馬鹿言うな。日陰だって日向だって、この季節は気を抜くと皆、熱中症になるんだ」 「……はぁ」  サリダンから怖い顔でそう言われても、クラーラは雑な返事しかできなかった。  馬鹿と言われたことに腹を立てたわけじゃない。気がそぞろになっているだけだ。  なにせ、今回もまたヴァルラムが近くにいるからで。  しかも今度は白衣を腕まくりして首にタオルを引っかけている。サリダンやローガがそうしたところで、別段気持ちが揺れることは無いが、彼がそうしている場合は違う。  そしてしつこいが、こんな姿もやっぱりカッコいい。  そんなイケメンと呼ばれるために生まれてきたであろうヴァルラム室長は、部下の体調を案じるように、首にかけていたタオルを引き抜いた。 「随分汗をかいたようだな。どんな仕事に対しても熱心に取り組むのは君の良いところだけれど、倒れたら元も子もない」  そう言いながら、クラーラの額を手に持っていたタオルで拭く。  対してクラーラは、至近距離にいる彼を直視すると何だかいけないような気がして目を泳がす。  何度も嗅いだことがあるベルガモットの香りが、今日に限って少し違う。 (......あ、ヴァルの汗と混ざっているからか)  それに気づいた途端、誘惑されるようにチラッとだけヴァルラムを見てしまった。  ヴァルラムはほんの少しだけ横紙に汗が滲んでいた。少し西に傾いた日差しに反射し、キラキラと光っている。  イイ男は汗すら神々しく感じてしまうのだから不思議だ。  そしてその滴る汗を、手を伸ばしてつい拭いてあげたくなる衝動が芽生える。  しかし口から紡がれた言葉は別のものだった。 「では……そろそろ終わりにして研究室に戻ろうと思います」  遠回しに「もう拭かなくて良いからっ」とヴァルラムに伝えれば、ようやっと拷問のようなフキフキ時間が終わった。 「ああ、そうしろ」 「そうした方が良い」  先輩研究員と上司に同時に言われ、クラーラは思わず吹き出した。   息がピッタリ合っている。本当に仲良くなったのだ。  初日におっぱい持論を展開した時は、まだぎこちなさがあったけれど、今の二人はもう何年も一緒に働いている親密さがある。  あの時、古参の研究員からの洗礼に打ちのめされて、早々帰ってほしいと願ったことなど嘘のように、クラーラは嬉しくなる。 「んじゃあ、室長。俺はクラーラを送っていきますんで」 「ああ、頼む」  片手を上げてサリダンがそう言うと、ヴァルラムも同じように軽く手を上げた。  そのやり取りは、同級生同士が交わす挨拶のように軽く親しみのあるものだった。 「ほーら行くぞ、クラーラ。ぼぉーとすんな」 「あ、はい」  キノコがたっぷり入った籠を持ったままポカンとしているクラーラの背を、サリダンからぽんっと叩く。 「あの……お先に、失礼します」 「ああ、気を付けてな」  上司然しているヴァルラムに、クラーラはぺこっと頭を下げてから実験棟へと向かった。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!