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林を出ると日差しが一気に強くなる。
視界が真っ白になるほどの眩しさにクラーラは、手をかざして目元に影をつくる。
と同時に、サリダンがポツリと呟いた。
「俺で悪かったな」
「……はい?サリダンさんは悪いことなんてしてないですよ?」
すぐに、静かに肩を揺らした気配が伝わって来た。笑っているのだろう。
でも、どこでサリダンの笑いのツボを刺激したのか分からない。
そして、その笑い方は最近のリーチェとナタリーと同じ類のもの。ますますクラーラは首の角度を深くする。
「あのうサリダンさん、何が可笑しかったんですか?」
「いいんや、別に。ま、クラーラに悪いことをしてないなら、俺は室長にだけ悪いことをしたってことか」
「……」
的外れな返答を頂戴してしまったが、その意味を深く考えたら取り返しがつかないような気がして、クラーラはむぐっと口を引き結んで歩くことに専念する。
「─── なぁクラーラ。俺は、な」
「はい」
「今、すごく居心地が良いんだ」
「そ、そうですか?!へへっ」
足音に混ざって唐突に言われた言葉にたじろぐが、すぐにクラーラの気持ちが明るくなる。
とぼとぼとしていた歩調が気付けばスキップをするように弾んでいた。
サリダンは、その足音に乗せるように言葉を続ける。
「切磋琢磨できる仲間たちがいて、まともな会話ができる室長に、働き者の助手もいてくれる。ぶっちゃけこれ以上望むと罰が当たりそうな程、満たされていたりするんだな」
「そうですか。あのっ、私も……私もですよ」
サリダンが心穏やかにいられる理由に一つに自分も含まれていることが嬉しくて、クラーラはへへっと笑う。
そうすれば、サリダンはくしゃりとクラーラの髪を撫でる。
「私の髪の毛……汗でべちょべちょしてますよ」
「そりゃあ、夏だからな」
「まぁ、そうなんですが……」
もっともな返答を貰ったけれど、だからと言って汗ばんだ髪を触られるのは恥ずかしい。
(きっとヴァルにこんなことをされたら悲鳴をあげるだろうなぁー、私。……ん?なんで?ベタベタの髪を触らせて嫌われたら万々歳なのに……)
季節が変わっても、固い握手を交わしても、一緒に夜空を見たって、やっぱり自分はヴァルラムの婚約者でいたいとは思わない。いや、いちゃいけない。
学生時代、沢山の愛情を与えてくれた彼には、幸せになって欲しいのだ。
誰にも後ろ指を刺されないような、輝かしい人生を歩んで欲しいのだ。
平民の自分が側にいることは汚点でしかない。
だから、身の程をわきまえて、婚約を撤回してもらわなくてはならない。
そんなことを考えていれば弾んでいた足取りが、再びトボトボ歩きになってしまう。
すぐ横で何かを察したサリダンは、そんなクラーラを励ますかのように肩をポンポンと軽く叩いた。
「─── つまりな」
「はい」
「俺は、クラーラが頑張って研究している”何度も絵が描ける壁紙”の手伝いをしたいってことだ」
「っ……!?あ、ありがとうございます!」
結局なんだかわからない会話だったが、最終的に飛び上がりたいほど嬉しい言葉を貰い、クラーラはぱぁっと笑顔になる。
そして、気付けばサリダンを引っ張る形で、研究室に戻った。
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