3.流れ星に願うのは

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(ぬ、盗み聞きされた!?)  ヴァルラムがぎょっとして、執務机に腰かけたまま硬直していれば、酒瓶を手にした研究員がぞろぞろと室長部屋に足を踏み入れた。  「ああ、そうだ。好きと言った以上、それを貫くべきだよな」 「女心と秋の空っていうけど、男は案外一途なのねぇー」 「いやぁー青春青春。甘酸っぱいねー」  全員ニヤニヤと初孫の恋バナを聞いたような生温い笑みを浮かべている。  まかり間違っても、この国を代表する名立たる研究者の面影はなかった。あるのは、大人としても、人としても「どうよ?」と言いたくなる、ヤバイ連中がそこにいるだけ。  しかもそれらは、図々しくも室長部屋のソファーに腰かけ、各々が手にしている酒やグラスをテーブルに置いて、再び乾杯を始めてしまった。  雰囲気的には二次会開始といったところで。 「…… お招きした覚えはないですが」  だから、さっさと出て行け。  露骨に顔に出してそう訴えても、残念ながら酔っぱらいの連中には届かない。 「あー、うちらのことは気に無くていいからっ。ま、置物かなんかだと思って、愚痴を続けてくれよ」 「あいにくそのような器用なことはできかねます」  むっとしつつも室長らしい口調でそう言えば、ここに居る全員が爆笑した。 「愚痴は吐きたいらしいなっ」 (しまった)  うっかり......本当にうっかり本音を零してしまったヴァルラムは、悔しそうに手の甲で口元を隠した。しかし、時すでに遅し。 「ヴァールラーム君、こっちにおーいでっ。今日はお姉さんが愚痴を聞いてあげるから座りなさい。ほらほら」 「そうそう、あなたの知らないクラーラちゃんのとっておきのお話もしてあげるから。さ、早くぅ」  大人の女性しか出せない魅惑のウィンクをかましたリーチェナタリーは、年の離れた弟を招くように二人の間に一人分の隙間を作ると、ソファをトントンと叩く。  ローガも続いて口を開く。  ただその表情は、年下に対してたかることを厭わない兄のような顔だった。 「あーあと、なんかつまむものないか?」 「……戸棚に甘いものが少し……」  学生時代クラーラが好んで食べていた菓子をせっせと王都から集めたものだが、どうせ彼女は受け取ってくれない。  そんな投げやりな気持ちでヴァルラムは行儀悪く顎で、場所を示す。 「おっ、良い菓子持ってんじゃんっ」 「でも、意外ねー。室長って甘党なんだ」  お魚を咥えた野良猫より素早い動きで戸棚に移動したローガとナタリーは、きゃっきゃっと楽しそうに物色する。 (もう面倒くさいから甘党ということにしておこう)  心の中で呟くと同時にヴァルラムは立ち上がった。  そして観念というよりやけっぱちになったヴァルラムは、リーチェとナタリーの間ではなく、空いている一人掛けのソファに着席した。  次いで手酌でルームライトと同じ琥珀色の液体をグラスに満たした。ほんの少し掲げて見ると、トロリと誘うような輝きを放つ。 (くっ……なんだこれっ。とんでもないアルコール数だ!)  一口飲んだら、喉が焼けるかと思った。  乱入者達は水のようにガブガブと飲んでいるが、これは相当強い酒だ。  しかし、そのことに気付いた時には、もう酔いが全身に回っていた。  既に愚痴を聞かれたという事実もあり、もう一個も二個も同じだとやけくそな気持ちが後押しし、気付けばポツリと胸の内を零してしまった。 「クラーラが、私に笑いかけてくれるんだ。もう好きじゃないって言ったのに」 「え?もうって……あんた達、知り合いだったの?」  ヴァルラムの呟きを目ざとく拾ったナタリーは、くるりと目を向ける。 「知り合いも何も、私はクラーラの婚約者だ……。そりゃあ、一度は婚約を破棄されたけれど、今だって婚約者だ。内緒にしてくれとは言われたけれど、でも、婚約者なんだ」 「ええっ!?あんた達、そういう関係だったの!?さすがに気付けなかったわ」 「……ちょ、待て待て。その前にお前、俺らに喋って良いのかよ!?クラーラに内緒にしてくれって言われたんだろ!?」  酔いは回っていても、比較的冷静なローガが思わず突っ込みを入れる。  痛いところを付かれたヴァルラムは、ぎろりとローガを睨みつけた。 「私は酒に酔っている。そう……酔っている。そして私は、皆さんの口が硬いことを信じている」  まるで呪詛のようなヴァルラムの低い声に、ここに居る全員は酒席のマナーは身に付けているので即座に頷いた。  ただ、ポロリと出た爆弾発言に好奇心は抑えきれない。  口の滑りを良くするために、リーチェは酒を一口飲んでから口を開く。 「じゃあ、室長はクラーラちゃんを追いかけてここまで来たってことなの?つまりストーカーなの??あらまぁ……クラーラちゃんも難儀なこと……」 「……ストーカーと呼ばれるのは屈辱だ」  頭を抱えて落ち込むヴァルラムに対し、研究員達は複雑な顔をしている。 「てっきり、鼻持ちならない馬鹿貴族のお坊ちゃまがクラーラちゃんに一目惚れしたって思ったわ」 「……違う。彼女とは学生時代ちゃんと婚約をしていた。卒業パーティーでは婚約者として紹介する予定だったし、互いの親も認めてくれていた……でも……」  この続きを、人に説明するのは辛かった。  婚約を破棄したのがクラーラの意思だったという現実と受け止めてはいるものの、まだ自分が心のどこかで、あれは彼女の本心ではないと信じているから。いたいから。  だから、第三者に声に出して言って、それを否定されるのがとても怖いのだ。  しかしヴァルラムの懸念をよそに、この酔っぱらい研究員達は、それ以上深く追求することはしなかった。 「ふぅーん。全然気付かなかったわ」 「私もー」 「俺も」  そっけないと思わても仕方の無い反応だが、実はそうじゃない。  ヴァルラムはクラーラの願い通り、いつもは自分の想いを巧妙に隠している。  だが、ふとした時に見せるクラーラを見つめる視線の甘さ、名を呼ぶときの切ない声。不意に彼女の手に触れてしまった後の僅かな動揺。  いけ好かない室長という前提で、かつ、粗探しをしてやろうという目で見ていたからこそ、気づけたそれをこれまで研究員のメンバーは直接当人に伝えたことは無かった。 「……それにしても完璧室長が、こんなウブな坊やだったなんてねー」 「……もう甘酸っぱいわー」 「……ってか、アイツめっちゃ酒弱くね?」 「……ま、酒も飲む暇も無いくらいがむしゃらだったんだろ?もっと注いでやれ」  リーチェにナタリー。そしてローガとサリダンは、ひそひそと話し合う。  そして先輩代表でリーチェが、ヤケ酒を煽り始めた室長─── もとい、こじらせ青年のグラスに酒を追加した。
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