4.あの日の約束をもう一度 ・*:.。.花舞う夜会での円舞曲.。.:*・

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4.あの日の約束をもう一度 ・*:.。.花舞う夜会での円舞曲.。.:*・

 マノア植物研究所は少数精鋭ではあるが、お昼時の食堂はとても賑やかだ。  それはここマノア植物研究所の従業員全ての料理を一手に引き受けているシェフ───マゼノフの腕がピカイチだから。  しかもお代わりは早い者勝ちという弱肉強食のルールに則って、お昼の鐘の音が鳴ると津波のように人が押し寄せてくる。  舌鼓を打つ話し声や、食器が触れ合う音。それからお代わりを求めて乱暴に椅子を引く音も混ざり、食堂はがやがやとしてとても活気があった。  そんな中、白衣を翻して一人の青年が食堂に駆け込んできた。 「すまないっ、少し遅れました」  カタンと椅子が引かれた音がしたと同時に、クラーラの隣にヴァルラムが着席した。 「お疲れ様です、室長。それと全然待ってないですよ」  数ヵ月前は、自分の隣に座った彼に悪態を吐いたクラーラではあるが、今は当たり前のようにヴァルラムの前に取り皿を置く。 「そうそう。俺らも今来たところだから気にすんな。それより食べようぜ」 「今日は、シェフの特製マリネがあるのよ。室長さんはコレ、食べるの初めてだよね?絶品だからっ。期待値上げて食べてみて!」 「ってか、所長につかまってたんでしょ?お疲れ」 「そういや、カロリーナが不貞腐れた顔して馬車に乗り込んでいたが……お前さん無下にしたのか?悪い男だなー」  口々にヴァルラムを迎える言葉を紡ぎながら、先輩研究員達は各々が勝手に料理を小皿に取り分ける。  ここは場末の研究所。身分の差は無いので、食事の時はいつも無礼講なのだ。 「美味しそうですね。正直、ここに来て一番驚いたのはここの料理なんです。あと、サリダン殿、私は無下にしたわけじゃないです。業務中だというのに、無意味に隣町に行こうと誘われたから丁寧に断っただけですよ。─── ん?ところでクラーラ、君はマリネは食べないのかい?」  研究員たちの質問に答えながら、当然のように自分の分を小皿に取り分けたヴァルラムは、ひょいっとクラーラの皿を見る。 「あー......今日はそういう気分じゃないんで」 「クラーラちゃん、酸っぱいの嫌いなのよ」 「ちょ、ナタリーさん、それは内緒に」  しれっと苦手な食べ物をチクられたクラーラは、そのお喋りな先輩の口を閉じようと慌てて腰を浮かす。 「座りなさい、クラーラ。それと、好き嫌いは良くないな。シェフがせっかく作ってくれたんだ。きちんと食べるように」  そう言いながらヴァルラムはトングを掴むと、クラーラの皿にマリネをのせる。 「......横暴上司」 「部下の健康まで気にかける良い上司だ」  苦手な料理を前に、つい悪態を吐いたクラーラに対してヴァルラムは涼しげだった。 「あはっ、自画自賛してるぅ」  ケタケタと笑いながら、リーチェはフォークに突き刺したマリネを頬張った。  春にマノア植物研究所の室長に就任したヴァルラムは、もうすっかり研究員と打ち解けている。  そしてすっかり掃き溜め研究所に染まっている。  春の頃は白衣の下にはきちんとベストとタイを身に付けていた彼だが、今はサリダンやローガと同様にシャツの上に白衣というスタイルが定番になりつつあった。 「カロリーナはランチに誘ったんだろ?それくらい付きやってやれよ。減るもんじゃあるまいし」 「ははっ。なら、今度誘われたらローガさんを推薦させていただきますよ」 「いや、それないわ。マジでないわー」  本気で嫌な顔をするローガに、ヴァルラムはにこっと笑う。  一見、人懐っこい笑顔に見えるが、ヴァルラムのその目は笑っていない。 「……良かったな。クラーラ」  クラーラの向かいの席に座っているサリダンがボソッ呟く。 「へ?……何が……っ」  3秒遅れてサリダンの意図がわかった途端、顔が赤くなる。  こういう不意打ちはやめて欲しい。あと、生温い笑みを浮かべるリーチェとナタリーにもそう言いたい。  しかし、ここで声を荒げるほどクラーラは馬鹿では無い。なにせ隣に、ヴァルラムがいるもんで。  だからクラーラは食べることに専念する。  本日のランチは、トマトの冷製パスタだ。バジルの香りが鶏肉とトマトの旨味をより引き立ててくれる。塩加減も絶妙で、大変美味しい。もっちりとしたチーズ入りのパンも。  と、ここでヴァルラムがトントンとテーブルを叩いた。 「マリネも、ちゃんと食べるんだ」  すっかり打ち解けたヴァルラムは、研究員の前でも遠慮なくクラーラの好き嫌いを指摘する。 「……はい」  嫌々フォークに玉ねぎを突き刺し口に運ぶクラーラに、シェフというより狩猟者にしか見えない厳つい体形のマゼノフが”偉いぞ”と言いたげに親指を立てる。  口いっぱい広がる酸味に顔を顰めながら、クラーラは水と共にマリネを飲み込んだ。
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