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─── それから数日後のとある午後。
「わっ……ちょ、ちょ、スゴイ!綺麗!天然素材だけでミントグリーンを生み出せるなんて、リーチェはマジ天才ね。それに裾の模様ってサンゴ染め?超キレイ!!ねえ、リーチェお姉さま、お願い私のハンカチにもコレやって!!」
「ふふん。去年からせっせと世話していたアデアイと、サリダンから奪ったフクギの樹皮のコラボよ。そんでもって、ナタリーちゃん。後でハンカチをもっていらしゃい。お姉さまが染めて差し上げるわ」
「やった!それにしてもあの雑草が……って、ごめんなさいっ睨まないで!」
「じゃあ、もっと褒めなさい。そしてクラーラあんたは、背筋を伸ばしなさい!」
バシッと背中を叩かれたクラーラは「ひゃいっ」と間抜けな返事をしてしまった。
ここは、いつもの共同研究室である。
しかし、一番存在感のあるテーブルは部屋の隅に追いやられ、現在クラーラの衣裳部屋と化していた。
そしてクラーラは様変わりした去年のドレスを身に付けて、マネキンのように直立不動でいる。
「デザインがシンプルで良かったわ。これなら、どんなふうにでもアレンジできるわね。ねぇナタリー、これにレースを組み合わせるならどんな色が良いかしら?」
「そうねぇオフホワイトかネイビーなら間違いないけれど、どうせなら、もっと華やかにしたいわね。個人的には」
クラーラの前に立ったナタリーは顎に手を当てながら真剣な顔で言う。
「そうなると、ラメるか」
「おやおや、自然派染色を正義とするリーチェさんが化学繊維に手を出すとは......大人になりましたねぇ」
にやっと意地悪く笑うナタリーにリーチェはふふんと笑い返す。
「目に入れても痛くない妹のためなら、リーチェ姉さんは自分の正義を曲げることなど屁でもないのよ」
「わかる。じゃあ私も、クラーラちゃんの為にとびきりの香水を調香ないといけないわね」
「是非そうしてあげて。そうね夜に映える香りで。あと、すれ違ったあと、思わず振り返りたくなる魅惑なヤツで!」
「任せて!そうねイランイランをベースにして……でも、甘すぎず大人過ぎず、スイセンの香りなんかも足しちゃってみようかしら?あ、香水の名前はもう決めた。【夏の夜の戯れ】でどう?」
「素晴らしい。さすが香りの魔術師ナタリーちゃん」
「へっへーん」
そんなふうにきゃぴきゃぴと女学生よろしくはしゃいだ声をあげる女性研究員の間に挟まれたクラーラは、身動ぎすらしない。
しかし居心地が悪そうな顔は、ずっとしている。
(うん。綺麗な色だけど......よりによってリーチェさん、ミントグリーンに染めた?......なぜ......どうして?ああっもうっ。これ絶対に、ヴァルには知られたくない!!)
スクエアネックのシンプルなドレスは去年のチャーチェの誕生日パーティーで貧相だとさんざん馬鹿にされたもの。
しかし今は、染物に関しては、ランドカスタ国一番の腕を持っているリーチェが染めてくれたのだ。もうこれは、一級品のドレスである。
しかし、ヴァルラムと同じ瞳の色のドレスをまとっている自分に妙にそわそわしてしまう。無駄に意識する自分を隠せない。
(お願いっ。絶対に扉開かないで!!)
ここ最近理由はわからないけれど、研究員との距離が一気に縮まったヴァルラムはちょくちょくこの研究室にやって来る。
ちなみに昨日は、差し入れが入った盆を片手に、勝手に入ってきた。一昨日はマカロンだった。
甘いしょっぱいを交互に差し入れてくれる彼のセンスはさすがだと思うし、片手でつまめる物は大変ありがたい。
ただ今日は、ご遠慮願いたいと切に願っている。
万が一、これを彼に見られた時、自分がどんな顔をするのか予測不能なのだ。自分自身のことだけど、まったくもってわからないのだ。
……と、クラーラが内心冷や汗をダラダラとかいていれば、室長部屋と共同研究室を繋ぐ扉からトントンとノックの音が聞こえた。
即座に幻聴だと思いたかったが、違った。
「失礼する。先日見せてもらったこのレポートなんだが……あ」
書類を手にしたヴァルラムは、部屋に入ってくるなり要件を口にしていたが、クラーラの姿を視界に入れた途端、硬直した。
そして、無言で室長部屋へと戻っていった。
(……え、何??ヴァルのリアクションを私はどう受け止めれば良いの!?)
ヴァルラムの理解不能な行動に、クラーラはあわあわと混乱を極める。
その後ろでフローチェとナタリーは、肩を震わせ必死に笑いを堪えていた。
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