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「─── なるほど。そういう訳だったのか」
時間にして1分程度で再び共同研究室に入って来たヴァルラムは、リーチェから事情を聞き抑揚の無い声で頷いた。
「で、男目線でこのドレスどうかしら? 室長の意見も聞きたいんですけど」
(聞かないで!!そして答えないで!!)
マネキンのように直立不動かつ無表情の状態で、クラーラは必死に3人に訴える。
しかし、ここにいる誰もクラーラの心情を慮ってくれない。
「良く似合っていると……思う」
「あら?私はこの色が商品化できるかどうかを聞きたかったんですけどぉー?あと、先日頂戴したサンゴ染めの感想も聞きたいんですけどぉ―」
「……っ」
意地の悪い口調でリーチェがそう言った途端、ヴァルラムは墓穴を掘ったと言わんばかりに、口元を片手で覆って横を向いた。
「個人的意見としては、商品化は確実だ。もちろんサンゴ染めも初めて目にしたが、大変素晴らしい出来栄えだ」
「あーら、どうも」
室長から賛辞を受けたリーチェは満足そうに笑う。
しかしそれも束の間。リーチェは一歩ヴァルラムに近づくと、もったいぶった仕草で頬に手を当て溜息を吐いた。
「でもねぇ、こんなに素晴らしいドレスを用意したってエスコートしてくれる殿方がいないのよ、この子」
「ちょ、リーチェさんっ」
チャーチェの誕生日パーティーの件はヴァルラムに黙っておこうと決めていたクラーラは、ぎょっとしてリーチェの口を塞ごうとする。
しかし、それより先にヴァルラムから「どういうことだ?」と尋ねられてしまった。
「実はね、半月後にクラーラちゃんのの妹の誕生日パーティーがあってね、クラーラちゃん王都に行くのよ」
「それは初耳だが?」
貝のように口を閉ざしたクラーラの代わりにナタリーが説明をした途端、ギロリとヴァルラムはクラーラを睨む。
「……休暇申請は10日前で良いはずです」
「そんなことはどうでも良い。なぜ、黙っていた?」
「それは……その……」
クラーラは、言葉尻を濁してまごまごとする。
(だって妹の誕生日パーティーで王都に行くって言ったら、パートナーは誰なんだとか、そういう話になるかもしれないじゃんっ)
お城で開催される夜会でなくとも、パーティーと名の付くものは必ずカップルで参加するのがセオリーだ。
大貴族家に生まれたヴァルラムがそれを知らないはずがない。そしてナチュラルに「誰と行くんだ?」と聞かれたら、大変困るのだ。
なぜならパートナーが未だに決まっていないから。
サリダンとローガには、ジェラルドと別れた後にすぐにお願いした。しかし「仕事がある」と秒で断られた。ちょっとは悩んで欲しいくらい即答だった。
……という過程があるから、ヴァルラムには黙っておこうと思っていた。休暇理由は父の墓参りにするつもりでいた。
しかし、クラーラの心情などこれっぽっちも気付いていないヴァルラムはますます眼光を鋭くする。
きっと自警団の詰め所で取り調べを受ける時だって、こんな凄まれかたはしないだろう。
「ま、そう責めたりしないでちょうだい。室長さん。クラーラちゃんだって言いにくいことがあったのよ。察してあげてちょうだいな」
にこっと笑ってクラーラとヴァルラムの間に入ったのは、ナタリーだった。
そしてがっつり「具体的には?」と目で問うヴァルラムに、神妙な顔つきになって語りだす。
「実はね、クラーラちゃん妹さんの誕生日パーティーに出席するのは決まっているんだけれど、パートナーが居ないのよ」
「ナタリーさんっ。それは内緒にって……んっ」
縋りつかんばかりの勢いでナタリーのお口を止めようとしたら、なぜだかわからないが背後から音も無くリーチェの手が伸びてきて、そのまま口を覆われてしまった。
しかし必死にこれ以上喋るのは止めてと訴える。「むごっ、ふごっ」としか聞こえないかもしれないが、ニュアンスでわかるだろう。わかってくれるはず。
そう思ったけれど悲しいことにナタリーの元には届かず、彼女は再び口を開いてしまった。
「サリダンとローガは差し迫った依頼があるから研究所を空けることはできないし、私とリーチェが参加したって意味無いし。ねえ、室長さん想像してみて?パーティーで独りぼっち……しかも男性じゃなくて女の子が一人参加……究極のボッチよね。そんなの自分から言えないじゃない。クラーラちゃんを責めないであげて。そしてきっと……私、それ見たら泣く」
「ええ、私も……着飾ったクラーラがボッチで壁にへばりついてるなんて……ヤバイ。もう泣きそう」
そう言いながらリーチェとナタリーは白衣のポケットからハンカチを取り出して、およよと泣き真似を始めてしまった。
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