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「そうか……気の毒だな。すまない配慮に欠けていた」
苦渋の表情を浮かべて、ヴァルラムはクラーラに謝った。
しかしクラーラの心境はとても複雑なものだった。
途中退学してしまったアウスゲネード学園は、年が開けると毎年大規模な卒業パーティーが行われる。
そしてその季節になると、パートナーが決まるまで、生徒達はみなそわそわと落ち着きを無くしていた。
なぜなら卒業生といえど、パートナーを見つけることが出来なければ参加出来なかったから。
努力の甲斐あってパートナーを見つけられて者、見つけられなかった者。雪解け間近のアウスゲネード学園は勝者と敗者でくっきり2分されていた。
─── そんな過去を思い出しているのだろう。クラーラを見るヴァルラムの視線は憐憫の色が混ざっていた。
(まさか、お流れになってしまった卒業パーティーのこと持ちだしたりしない……よね??)
可能性としては低い。しかし人というのは、どれだけ気を付けていてもうっかりミスをしてしまう生き物だ。
そしてそういう時に限って”なんで今、ポロリと言う!?”的なタイミングだったりもする。
(頼む、頼む、頼むっ、お願い、お願い、お願いっ、どうか二人の前では変なことを言わないで!!)
クラーラは、必死に目で訴えみた。
そのおかけがどうかはわからないが、ヴァルラムは失言することは無かった。
─── 失言したのは、ナタリーだった。
「去年もクラーラちゃん誕生日パーティーに出席してたんだけど、その時はジェラルドさんと出席していたのにねぇー。あ、一昨年もだけれど」
なんでもない口調でナタリーがそう言った途端、部屋の空気が3度は下がった。
「ほう。そうなんだ」
器用にくいっと片側の眉だけ持ち上げたヴァルラムの目はとても冷え冷えとしていた。明らかに機嫌を悪くしている。
「ええ……まぁ。ジェラルドはエスコート慣れしてるし……」
内心は冷や汗をかいているクラーラだが、妙に良い女ぶって肩に流れた髪をもったいぶった仕草で背に流した。
男の影をチラつかせれば、ヴァルラムは自分のことを尻の軽い女だと思ってくれるだろう。そして、愛想をつかしてくれるに違いない。
今だってクラーラは、ヴァルラムが自分との婚約を諦めて欲しいと思っている。頼れる上司であって、尊敬もしているけれど、それはそれ。ブレてはいない。
ただふと思い返してみると、学生時代、ヴァルラムは嫉妬深い方ではなかった。
「他の男と口を利くな」などと言われたことは一度も無いし、男子生徒の話を始めた途端あからさまに不機嫌になることもなかった。
とても寛容で穏やかだった。不満げな態度を取ったことはなかった。
(……あれ?じゃあ、こんなことをしても意味はないか)
自分なりに精一杯モテる女を演じてみたけれど、無駄でしかなかったようだ。
あと、余程演技が下手だったのか、ついさっきまで嘘泣きをかましてくれていたリーチェとナタリーは、腹を抱えて笑っている。そして目には本気の涙が浮かんでいる。
なんだか部屋の空気がおかしな方向へと流れて行っている。
それにいち早く気付いたヴァルラムは、コホンと小さく咳ばらいをした。
「それで?今年はその……ジェラルドという方は参加できないということで間違いないのか?」
「そうよ。そうなのよ」
食い気味に頷いたのはリーチェだった。そしてそのままあり得ない提案をする。
「ねぇ、室長。クラーラ……いえいえ……えっと、可哀想な部下の為に一肌脱いであげてちょうだい」
ぎゅっと自分の腰にナタリーの腕が巻き付く。
女子同士のじゃれ合いに見えるが、これはまごうこと無き逃亡防止だ。
「……具体的に何をすれば?」
酷く硬い声でヴァルラムが問えば、リーチェとナタリーは、なぜかここでにんまりと笑った。
「室長がクラーラのエスコート役になってあげてくださいな」
「ちょっ、ま、ま、待ってっ」
それは困る。大いに困る。
とんでもない提案に、クラーラはぎょっとして間に割って入ろうとした。
しかし、まるでクラーラのことなど視界に入って無いかのように、ヴァルラムはリーチェを見つめてこう言った。
「お安い御用だ」
あっさりと首肯したヴァルラムを見たクラーラの目は死んでいた。
それに気付いたヴァルラムは、涼し気に問いかける。
「何か問題でも?クラーラ君」
「……いえ、それは……無いですけど……」
ヴァルラムの圧力に、クラーラはまごまごとしながら答える。
急遽決まったパートナーの相手に、クラーラは戸惑っていた。そりゃあもう困っていた。
だって会場は、遠く離れた王都なのだ。どれだけ馬車を飛ばしたって一泊二日で戻れる距離ではない。その間、彼が四六時中そばにいられるとなると、心臓が持たない。
そんなクラーラの気持ちなど、露ほども気付いていないヴァルラムは、くいっと片眉をあげた。
「”ないんですけど?”の続きは?」
「いえ……数日間も研究所を空けるのは、室長として大丈夫なのかなぁーと思いまして……」
「大丈夫だから、同意した」
「……さようですか」
渋々頷いたクラーラにヴァルラムはこの話はもう終わりだと言いたげに「休暇届は早めに出すように」と言い捨てて室長部屋に戻って行った。
視界の端でリーチェとナタリーが、一仕事が無事に終わったかのようにハイタッチをしていたけれど、それは見て見ぬふりをした。
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