81人が本棚に入れています
本棚に追加
(あああああああああ……とうとうこの日が来てしまった)
澄み渡った青空に相反して、クラーラは今にも泣きそうな顔だった。
今日は、4泊5日の王都旅行の初日。
ヴァルラムとずっとずっとずぅーっと一緒に過ごす気まずい旅行の初日。
(あああああああああ……もう逃げられないっ)
今日までずっとヴァルラムが急用で行けなくなったと言ってくれることを神に祈っていた。
しかし、先輩研究員達が真面目に業務に取り組んでくれたおかげで、アクシデントは一切無かった。
本来なら、そこは感謝すべきなのだろう。
でも、なぜそんな無駄に頑張ってくれるんだと内心舌打ちしてしまった自分を許してほしい。
そして、一人旅行になるよう一日一善ならぬ一日三善をしてきたのに願いを叶えてくれない神様に対して、クラーラはどういうことだと詰め寄りたかった。
しかしそんな複雑な感情をぐっと押し込め、なんとか笑みを浮かべる。
なぜなら目の前に先輩研究員の皆様がいらっしゃるからだ。
揃いも揃って朝が苦手だというのに、こんな早朝にわざわざ見送りに来てくれたのだ。
そこは嬉しい。
でもサリダンとローガは、今日は朝早くから用事があると言っていたが、寝間着に白衣を羽織った格好である。
ついさっきまでがっつり寝ていたことは一目瞭然だった。……これ如何に?
「クラーラ、気を付けて行ってくるんだぞ。知らない人に声を掛けられてもついていくなよ。今、王都では怪我人を装った強姦魔が出没してるそうだから、日が暮れたら絶対に外にでるなよ」
「はい」
片腕にナンテンを抱えたローガに、頭をポンポンと叩かれて、クラーラは苦笑しながらもしっかりと頷く。ついでにナンテンも、なでなでしておく。
「親父さんの墓参りもするんだろ?これ、持って行け」
ナンテンを撫でている反対の手に、封筒を押し込まれクラーラはぎょっとした。
中身は開けなくてもわかる。お金だ。
「や、受け取れませんよ」
「馬鹿。俺の代わりに花を添えてくれってことだ」
寂しい懐事情を知っているサリダンは、去年も一昨年も同じことを言ってくれた。
父の墓前に花を添える義理などないサリダンがわざわざそう言ってくれる理由など聞かなくてもわかる。
「……はい。どでっかい花を贈ります」
封筒をぎゅっと握りしめて、ぺこりと頭を下げれば片方の口の端を持ち上げるニヒルな笑みが返って来た。……ただ寝起きのせいで、いつもよりキレがない。
「クラーラちゃん、気を付けて行ってきてね!あっお土産は気にしないでちょうだい。ちゃんと室長にリクエストしといたから」
「はーい、クラーラちゃん。これ私からのプレゼント。───……ん、やだぁー可愛い!似合うっ。どうしよう惚れそうっ。──── そう思わない室長?」
「ああ、良く似合ってい……どうした!?具合が悪いのか!?」
ナタリーからつばの広い帽子を被せられたクラーラは、予期せぬ人物の登場に思わずしゃがみ込んでしまった。
「……居たんですか、室長」
「当たり前だ」
ムッとした返事をしたヴァルラムは、旅服に身を包んでいた。ごっつい編み上げのブーツが良く似合っている。
ただ不意打ちは止めて欲しかった。
「大丈夫、馬車で休めば元気になるわ。さ、乗った乗った」
リーチェとナタリーは、しゃがんだまま魂を口から飛ばしそうになっているクラーラの脇に手を入れ持ち上げる。
そしてクラーラを力任せに押し込むと、「お前もさっさと乗れ」とヴァルラムを顎でしゃくる。
もちろん否と言う理由など無いヴァルラムは、素早く馬車に乗り込んだ。
そして口パクで「頑張れ!」とエールを送る研究員達に、これからの意気込みを現すかのように強い眼差しで深く頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!