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チャーチェの誕生日パーティーは、毎年王都にある迎賓館で夕方から夜にかけて行われる。
主に学友を呼んでのパーティーではあるが、自宅でのそれではない分、小うるさい大人の目を気にしなくて良い。
加えて未成年ではあるが、特別に軽いアルコールまで用意されている。
しかもチャーチェは、交友の広さを見せつけたいのか、のべつ幕無しに人を招く結果、素行の悪い少年少女も入り乱れるだめ、お世辞にも品の良いパーティーとは言い難い。
……ということを恥を忍んで、出発前日にヴァルラムに言った。
万が一、近い将来貴族の頂点に立つ彼の経歴に傷を付けてしまうかもしれないという恐れから。
しかし、彼は「なら尚の事自分がエスコートすべきだ」とより決意を堅くしてしまった。
だがクラーラは馬車が走り出してしまった今でも、できることなら一人で参加すべきだと思っている。
中傷も、嘲りも、不名誉も、一人で受ければ誰にも迷惑をかけなくて済むのだから。
「─── あのう……室長、帰るなら今のうちですよ?」
「君はまだそんなことを言うのか」
呆れた口調の中に「いい加減諦めろ」というニュアンスを感じ取ったクラーラは、ジト目でヴァルラムを睨む。
こっちだって好き好んで言っている訳ではない。
だがヴァルラムは、クラーラの気持ちなどこれっぽっちも気付かぬ様子で、上着から懐中時計を取り出し時刻を確認する。
「まだ早朝だし、これから長旅になるからな。少し休むと良い」
「……いえ、御心配には及びません」
ヴァルラムの気遣いを無下に断ったクラーラは、すちゃっと植物図鑑を取り出した。道中これを読みます。なので、話しかけないでというアピールだ。
「そうか。勉強熱心なんだな。感心する」
目を細めて頷くヴァルラムは、クラーラの意図を完璧に理解していない様子だった。
しかし、わざわざ訂正する気は無い。
そんなわけで、クラーラは図鑑を開く。揺れる車内で四苦八苦しながらも、絵を眺めつつも文字を追う。
その間ずっとヴァルラムは無言でいる。
チラリと盗み見をすれば、窓枠に肘を乗せて、ぼんやりと外の景色を眺めていた。
たったそれだけのことなのに、彼がやるとなぜか優美になるのが不思議だ。ただ、一つわかるのは、現在彼は、自分のことなんか眼中にないということだけ。
(なぁーんだ)
クラーラは拍子抜けした。
四六時中彼と一緒にいることにドギマギしているのは、自分だけなのだ。
もしかしてヴァルラムは、本当に室長として可哀想な助手の為に一肌脱ぐ気でいるだけなのかもしれない。
そう思ったら、完全に気を抜いてしまった。
膝にある図鑑はぶっちゃけ興味が無いものだった。
万が一紛失しても、再度手に入れることが可能なもの。レア度も金額的にも。
とどのつまり、つまらない内容だった。
そんなわけで、パラパラと形だけページをめくっていたクラーラは、いつしか寝息を立ててしまっていた。
***
カタンと車内が揺れた拍子に、クラーラはぼんやりと目を開けた。
「ん……んぁ?」
「おはよう、クラーラ君。丁度良かった。そろそろ休憩しようと思っていたんだ」
「……っ!……は、はい」
なんとか返事をしてみたが、クラーラは涙目だった。
うたた寝を、ばっちりヴァルラムに見られていたのだから。
(ああ……死にたい)
勉強熱心だと褒められた相手に寝顔を見られることが、これほどまでに恥ずかしいものなのか。
でも、自然とあくびが出そうになる。必死に噛み殺してみたが結局「んっ……ふぁ」と間抜けな声が漏れてしまった。
髪を手ぐしで整えながら、クラーラは更に死にたくなる。
上司の前で豪快に寝れる女子力ゼロの自分を見たら、ヴァルラムは幻滅して嫌いになってくれるかも─── という発想には、なぜだかならなかった。
「寝ぐせは付いていないよ。それにもし仮に付いていたとしても、君は可愛い」
「っ!!!!」
ヴァルラムの不意を付いたその言葉に、クラーラの頬は真っ赤になった。
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