1.プロローグ ・*:.。. 再会の温度差 .。.:*・

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 3つめの水滴が膝に染みを作ってから、ようやくこれが自分の涙であることにクラーラは気付く。  でも、これが悲しいのか、辛いのか、苦しいのか、その全部なのか自分でもわからない。  まるで世界がひっくり返ってしまった状況に、気持ちも思考も追い付けないでいる。 「……泣かないで。泣かせてしまって……すまなかった」  手の甲で涙を拭いていたら、不意に声が降って来た。見上げれば、すぐ近くにヴァルラムが立っていた。  そして彼は跪いたと同時に手を伸ばす。身を引く暇は無かった。 「目が腫れてしまったね。ごめん……。一度着替えに戻った方が良い。立てるかい?」  親指の腹で涙を拭われ、肩を抱かれる。  その腕には、さっきまでの荒々しさは無く、かつて恋人だった時のように優しさが感じられた。  それが、無性に嫌だった。 「触らないで。一人で立てるからっ」  毒蛾を払うような仕草でヴァルラムの腕を叩き落とすと、クラーラは自力で立ち上がった。  また、ポロリと涙が零れたけれど、彼に見せたくなくて手の甲で乱暴に拭う。 「約束、絶対に守って」 「わかっている。でもララ、聞いてくれ」 「ララとも、呼ばないでっ」  悲鳴に近い声を上げたクラーラに、ヴァルラムが息を呑む気配が伝わった。 「……わかった。なぁ、二人っきりの時でも駄目か?」 「駄目。どこにいても、たとえ私がいない場所でも、その名は呼ばないで」 「……わかった」  手の平を返すように優しくなったヴァルラムは、こちらの主張を全て受け入れてくれる。  けれど、その声は抑揚が無く、彼の意思に反していることが痛い程伝わってくる。 「君を傷付けてしまったこと、本当にすまなかった。この2年間……私が室長として働く間、君を束縛したりしない。絶対に、約束する。だから……どうか普通に接して欲しい。頼む」  ヴァルラムの懇願に、クラーラは答えることはしなかった。逃げるように、室長部屋を飛び出した。  着替える為に女子宿舎の自分の部屋に戻る間ずっと、無くなってしまったボタンの替えはあるかと、頭を悩ませてみた。  でも、本当は別の事───これから上司となったヴァルラムの下で、どう働けば良いか頭がいっぱいだった。 (……こんな再会、望んでなんかいなかったのに)  父の死から、恋人に別れを告げてから、早3年。  もう心をこんな風に揺さぶられることは、無いと思っていた。  人里離れたこの研究所で、ひっそりとでもせわしなく一生を終えると思っていた。  だから4年前に芽生えた一時の恋心も、いい思い出だったなと振り返る程度で済むはずだった。  こんなふうに無理矢理に感情を剥き出しにされ、強制的に向き合わされるなんて思ってもみなかったし─── そんな覚悟など、クラーラには持ち合わせていなかった。
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