2.上司(元婚約者)と部下(自分)

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2.上司(元婚約者)と部下(自分)

 今を去ること4年前、クラーラ・セランネと、ヴァルラム・ヒーストンは出会った。王都で一番の難関校といわれるアウスゲネード学園で。  ただその出会い方は、授業をサボったクラーラが学園の隅にある朽ちた藤棚の下で午後の授業をサボり昼寝をしているところを、うっかりヴァルラムに見られてしまったという学生としてあるまじき始まりだった。   クラーラは薬草学部。ヴァルラムは鉱石学部。  専攻する学科も違えば、学年も3つ違う2人は、学舎も違っていた。  すれ違うことすら無いかもしれないという状況の中、藤棚がお気に入りの場所という共通点があったおかげでお友達になり、それからゆっくりと男女交際が始まったのだ。  とはいえ当初は、クラーラは戸惑うばかりだった。  当時クラーラは男爵令嬢、対してヴァルラムは超格上の公爵令息。同じ貴族の家に生まれたけれど、月とスッポン。住む世界が違いすぎる。  そりゃあ、クラーラはヴァルラムのことは入学当時から知っていた。  彼はキラキラ感満載の優等生で、学園のアイドル。スーパースター。一日に3回彼を見たら赤点を逃れるという都市伝説すらあった。  そんなヴァルラムと自分は、個人的に親しくなるとも、ましてや恋人同士になるとも思ってはいなかった。  でも、ヴァルラムはクラーラを選んだくれた。  好きだと、真っすぐに訴えてくれた。  その熱意に押される形で、クラーラは彼に想いを寄せていった。まるで初めてダンスを踊るかのようにぎこちなく、ゆっくりと。  友達だったのは、2つの季節。そして恋人同士になったクラーラとヴァルラムは、3つの季節を一緒に過ごした。  その間、具体的に「どこが好き」と言い合うことは無かったし、恋人同士のステップであるキスも、指先や毛先にしかしなかったけれど、ヴァルラムと過ごす時間には間違いなく【好き】があった。  そして自然な流れでヴァルラムの卒業パーティーでは、クラーラがパートナーとして出席することが決まり、またクラーラの卒業パーティーの際には、ヴァルラムが婚約者兼卒業生として出席することが決まっていた。 (…… ま、全部、叶わなかったんだけどね)  ずっと一緒だよ、と言って指切りをしたあの手の感触も、今はもう遠い夢の中の出来事。  只今、一人前の研究員を目指して絶賛見習中のクラーラは、共同研究室兼談話室の隅っこに着席しながら、夢物語に限りなく近い過去のアレコレを思い出していた。うたた寝を始めたナンテンを膝に置いて。  ちなみにここには、3年間ずっと時間を共にしている研究員のメンバーと新任室長が勢ぞろいしている。 「初めまして、今日からこの研究室室長として着任したヴァルラム・ヒーストンです」  パリッとした下ろしたての白衣に負けないくらいフレッシュな挨拶をしたヴァルラムに対して、古参の研究員達の表情は、言葉では言い表せないほど複雑なものだった。 「......ヒーストン?」 「まさか......ヒーストン?」 「どうして?なんでまた......こんな物騒なところに」 「ずいぶん若いなぁ、おい」  研究室兼談話室で一番存在感のある大きなテーブルに腰かけている4人の研究員は身を寄せ合って、ひそひそと話し始める。  このマノア植物研究所は国内でも有数の巨大な研究施設であるが、研究員の数はダントツに少ない。たった4人だ。  ダリアの花のような艶やかな二十代前半の美女リーチェは、染物担当の姉御肌。  香料担当で、ほんの少しふくよかな体型のナタリーは、見た目は幼いがすでに二十代半ばを過ぎている。  ノリ良くクルクルの天然パーマが特徴のローガは、香木担当で自称25歳。  最後に、この研究員のまとめ役であり、樹皮と樹液を研究し続けているサリダンは、三十路でいつもボサボサ頭に無精髭を生やしている。  そして全員が訳アリ者であるが故、家名は伏せられている。もしかして名前すら、偽名なのかもしれない。  しかし、ここは掃き溜め研究所。  詮索するのはご法度なのだ。 「何をしでかしたんだか......」  「慈善事業の一環?それとも暇つぶしなのかしら?」 「ってか、こんなところの飛ばされるなんぞ、よっぽどのことをしでかしたんだなぁー」 「ま、ほとぼりが冷めたら、すぐに消えるだろ?」  研究員達のひそひそ話は次第に声が大きくなっていく。と同時に、内容も本人を前にして失礼極まりない内容になっていく。  しかも施設内に勝手に居着いた山羊のメコと鹿のナラが、興味深々といった感じで出窓から顔を覗かせてしまっていた。
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