1.プロローグ ・*:.。. 再会の温度差 .。.:*・

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1.プロローグ ・*:.。. 再会の温度差 .。.:*・

 始まりの季節を祝福するかのように、色とりどりの花びらがここマノア植物研究所に舞う。 「こんな辺鄙な研究所に、良く来てくれたねヒーストン卿。ありがとう、歓迎するよ。さて、ここの研究員達は皆、一癖も二癖もある連中でね、彼らをまとめていくのは結構……いや、かなり……うううーん、ぶっちゃけ胃が痛くなるほど大変だと思うけれど、ま、頑張ってくれ」  縦に短く横に長い、研究所の所長であるサリガ・ルドルファは執務机から頭をちょこんと出し、にこにこと人の良い笑みを浮かべて、新任室長にそう言った。 「ご忠告ありがとうございます。精一杯頑張ります。それと、ここではヒーストンで結構です」  背筋を伸ばしてきっぱりと言い切った青年─── ヴァルラム・ヒーストンは、王都では時期公爵家当主と呼ばれる存在だった。  また鉱石研究者でもあり、齢21で既に幾つかの論文も学会に取り上げられている。  輝かしい未来を約束された次期公爵家当主がなんの因果で、こんな辺鄙な研究所の室長の席を望んだのかはわからない。  けれど、多大な寄付とヒーストン家の後ろ楯があれば、当分はこの研究所は資金面で困ることはない。  そんな大人の事情から、サリガは彼の主張をあっさりと呑むことにした。 「ではヒーストン室長、改めてこれからどうぞよろしく」  立ち上がったサリガは無造作に片手を伸ばす。  そうすれば、新任室長は「こちらこそ」と慇懃に礼を取り─── 二人は固い握手を交わした。  ***  今日から2年間室長として過ごす部屋は、乾いた笑いが出るほど狭く貧相なそれだった。  長年使い込まれている─── といえば聞こえが良いが、大きさだけは一人前の古びた執務机に、お世辞にも座り心地が良いとは言えない椅子。  入り口には白衣や上着を掛ける為に用意されたポールハンガーがあるが、絶妙なバランスを保っているため、安易に上着を掛ければ倒れること間違いない。  みすぼらしくて、古くさい。  その言葉がこれほどぴったり合う場所を、ヴァルラムは目にしたことが無かった。  ある程度は覚悟していたが、さすがに驚きを隠せない。  しかし今のヴァルラムにとっては、些末なことに過ぎなかった。   窓側に設えてある執務机に深く腰かけ大きく息を吐く。 「─── ララ」  目を閉じれば、在りし日のカプチーノ色の柔らかい髪が靡く様が蘇る。 『ヴァル、あのね、聞いて聞いてっ。今日ね───』  自分の姿を見つけた途端、小ウサギのように駆け寄ってくる愛しい彼女を何度思い出しただろうか。  しかし、年月は過ぎても記憶の中のララは、ずっと16歳のままだった。  ヴァルラムの恋人であり、婚約者でもあったララことクラーラ・セランネは、ある日突然自分の元から消えてしまった。 (でも、今日、本物のララに会える)  3年ぶりの再会だと思うと、昨晩は緊張のあまり寝付けなかった。  そんな自分を、まるで子供みたいだと苦笑した。   そして、寝不足のまま所長の話を気もそぞろに聞き流して、やっとここまで辿り着いた。  長かった。とてつもなく。  不安で心が押しつぶされそうになったことなど数え切れない。 「……ああ、待ち遠しい」  立ち上がり、ヴァルラムは空を見上げる。  今日という日を祝福するかのように、薄紅色の花びらが空を舞う。  視線を下に落とせば、ヤギと鹿が我が物顔で闊歩している。 「ははっ」  思わず笑いが込み上げてくる。  長年恋い慕う彼女と再会するには、なかなか度肝を抜く場所だ。  だが、それも悪くない。きっといつか年月が過ぎた時、二人で笑い会えるだろう。  ヴァルラムはそんな未来を思い描きながら、壁時計を見る。針は思った以上に動いていない。  今日に限って時計の針が進むのが、やけに遅く感じた。
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