あめふり

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あめあめ ふれふれ かあさんが じゃのめでおむかえうれしいな〜。 電車を降りると雨が降り出した。 雨が降るとつい口ずさんでしまう。 私の母も、よく傘を持って迎えに来てくれた。 もうずいぶん昔の話だけど。 私は、東京の大学への進学を機に、実家を出た。卒業後、実家には戻らず、そのまま就職し、8年が経った。 いつもは、長期休暇の度に帰省していたが、2年前の冬、パンデミックが起き、私は東京から出る事が出来なくなり、今回は2年ぶり帰省だ。 久しぶりに来た地元の駅は懐かしく、感慨深い。 高校に電車通学していた私は、3年間、この駅を使って登校していた。 地方の田舎町は、2年程度では大きな変化はない。駅も同様でいつもの見慣れた駅だ。でも、よく見てみると、古く壊れそうだったベンチが新しくなっていたり、自販機が最新式のものになっていたり、たった2年。されど2年。確実に時は流れている。 私も、気がつけば30代になっていた。 少し切ない気持ちになる。 駅の小さな変化を探しながら、駅の出口に着くと、雨は本降りになっていた。 「困ったなぁ。」 とつぶやく。傘は持ってきていない。 実家は、駅から徒歩5分の所にある。 5分とは言え、この雨では傘がなければずぶ濡れになってしまう。 傘を買えるようなお店はなく、少し雨宿りしようか、ずぶ濡れで帰るか迷うところだ。 隣を見ると、私と同じように雨を見て途方にくれる女子高生がいた。 空を見上げて、ため息をつく。 彼女も、私と同様に傘がないのだろう。 急に降り出した雨だから、きっと少し経てばやむだろうと、私は、このまま雨がやむのを待つことにした。 女子高生はどうするのだろうと気になり、ぼんやりと彼女を見ていた。 数分後、雨を見つめる彼女の表情が変わった。 安心したような明るい笑顔だ。 私は、彼女の視線の先を見た。 そこには、傘を持った母親らしき姿があった。 女子高生は、嬉しそうに傘を受け取り、母親は、少し眉をひそめ、でも、嬉しそうに傘を広げる女子高生を愛おしそうに見ていた。 その姿は、昔の母と私を思い起こさせた。 私には、2人のやりとりがなんとなく想像できた。 きっと、女子高生は、朝、母親から傘を持って行くように言われたのに、いらないと言って家を出たのだろう。そして、案の定、雨が降った。母親は、だから傘を持って行くように言ったでしょと少し眉をひそめたのだろう。 ずいぶん前の母と私が重なる。 高校生の私は、傘を持って行くのが面倒で、高校に通う3年の間に何度も母に迎えに来てもらった。 車に乗れない母は、いつも徒歩で迎えに来てくれた。 私が、友だちとの話しに夢中になり、1本遅い電車になった時も、母は待っていてくれた。 当時の私は、まだ子どもで、傘を持って来てくれる母に無邪気に喜び、その有り難さも、母の大きな愛情も、深く考えた事はなかった。 でも、大人になった今ならわかる。 雨の中、面倒だっただろうに、娘の為に傘を持って迎えに来てくれた母。きっと、何回かは雨がやんで、引き返した日もあるだろう。雨が降っていないのに、傘を持った母と一緒に帰った事もある。 何度言われても、傘を持って行かない私、文句を言いながらも必ずしも迎えに来てくれた母。 甘えていた自分が懐かしく、そして少し恥ずかしい。 思い返してみれば、高校の時だけじゃなかった。 母は、小学生の時も、中学生の時も、雨が降れば、いつも私を迎えに来てくれていた。 雨の日の思い出が一気に蘇って来た。 2年ぶりの帰省が、私を感傷的にさせたのかもしれない。でも、それも悪くない。 思い出に浸っている間も、雨は降り続け、まだやみそうな気配もない。 やっぱり走るしかないか。 そう思っていると、角を曲がってくる人影が見えた。 その人は、私に向かって手を振った。 母だった。 母には、帰る時間をおおまかにしか伝えていなかった。それなのに、母は迎えに来た。 きっと、雨に気がついて、すぐに傘を持って家を出て来たのだろう。 もしかしたら、雨が降っている間に、私は帰ってこないかもしれないのに。 「ただいま」 「おかえり」 久しぶりに会った会話は、何気ないいつもの言葉からだった。 傘を受け取りながら、母に聞いた。 「なんで、私が駅にいるってわかったの?」 「そんなのわかるわけないでしょ。」 と言って笑った。 「じゃあ、なんで来たの?」 「もし、今、帰って来てたら、あなたの事だから、きっと傘がなくて困るんじゃないかと思って、見に来たのよ。そうしたら、やっぱり傘が無くて困ってるあなたがいたわね。」 そう言って、私の顔を見た。 「もし、私がいなかったらどうするつもりだったの?」 「雨がやんだら、家に帰るわよ。」 さも当たり前のように言った。 「携帯電話あるんだから、電話してくれればいいのに。」 笑って言ったつもりが、涙が出そうになった。 「そうだったわね。電話すればよかったわね。でもね、なんだか癖で、あなたが帰ってくる時に雨が降ると迎えに行かなくちゃって思っちゃうのよね。もう卒業して何年も経つのに、癖って怖いわね。」 ふふふっと笑う。 雨の日には、たくさんの思い出がある。 これからも、きっとたくさんの思い出ができるだろう。 いつか、私も、傘を持って私の子どもを迎えに行こう。 いや、でも、私の場合、母が私の子どもを迎えに行くのかもしれない。 母が、私と私の子どもの2本の傘を持って迎えに来る姿は想像に容易い。 3人で傘をさして帰る姿を想像し、まだ見ぬ未来に幸せな気持ちになる。 あめあめ ふれふれ かあさんが じゃのめでおむかえうれしいな〜。
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