罰が落ちてくる

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罰が落ちてくる

 死は恐ろしいものだ。自分という存在が霧のように消えてなくなる。人が人として生きている以上、必ず人生の一番最後にぶち当たることになる、逃れることの出来ないそれは恐怖を覚えて当たり前のことであり、できる事ならば是が非でも回避したいものである。口にするのも馬鹿らしくなるような名前の宇宙船に乗り、我先に逃げ出そうとして海の藻屑となった者や、決まりきった運命から逃れるために自ら命を絶った者を馬鹿にすることはできない。  逆に私としては、いつも通りの生活をしている人の方が理解できなかった。全てを諦め、悔いのないように日々を過ごす。それがどれだけ無駄で空虚な日々を過ごすのか。どれだけ悲しい事なのか。この選択をした者たちを見ていると、世界が滅びることは偶然ではなく必然であったことだと強く思う。  人は滅びるべくして滅ぶ。目前に迫り来る『滅びそのもの』は、我々が導き出した存在にしか思えなかった。母なるこの星の命のことなど考えず、限りある資源を貪り続け、動物たちを殺し、美しい自然を破壊し尽くしていく。人類の台頭により滅ぼされた動物が何種類いるのか。二度と芽を出さなくなった草木がどれだけいるのか。考えれば考えるほどに、怒りが胸の中に渦巻いていく。  ところどころゴミが散乱している海岸を歩く。遠くから見れば美しい海でも、近くで見れば濁りきった海水が大量の廃棄物を押し流している。まるで弱りきった血液の中を泳ぎ回る不純物そのものだ。この星の全ての生命の源であるはずの海水だが、自浄作用も効かなくなるほどに汚れきったそれらからは、新たな命の彩りを感じることは出来ない。  夏特有の生温い南風が、水平線から流れてくる。海の匂いも、鼻の奥が痛くなるような不快な香りに塗りつぶされてしまっていた。  いくら拳を握りしめたとしても、現状が変わることはない。声の限り叫んだとしても、事態は好転することはない。我々人類は、もう戻れない場所にたどり着いてしまったのだ。取り返しのつかないところまで、行き着いてしまったのだ。後悔など、とうに間に合わない。  およそ46億年続いてきたこの星を、僅か20万年足らずで食い尽くした星を喰らう者。それが我々、人類なのだ。これがこの星の生命の進化の果てだというのなら、どこでどのように道を間違えたというのだろうか。  過程はどうあれ、間違った繁栄の道を歩くことになってしまった我々の行動は『罪』である。それは紛れもない事実だ。現に、このような状況になったとしても人々は争いを辞めることなどしない。形式の上では世界から大きな戦乱が無くなった筈だが、人間の愚かさが拭われることはなかった。滅びを前にした民は恐怖で理性のタガが外れたのか、犯罪行為に手を染める者もかなりの数が存在している。貴金属を奪って身につけたところで、救われることなどないというのに。食糧を奪い尽くしたとしても、食べ切る前に世界は滅びるのに。  改めて確信する。これは我々に対する『罰』なのだ。あらゆる罪は裁かれるために存在する。だからこそ、私は遥か宇宙の彼方から落ちてくる隕石を歓迎した。そんなことを考えているのは、この地球上で私だけかもしれない。この感情は自殺願望ではない。そんな願望があるならば、とっくに自分の首をナイフで切り裂いている。人が自身の罪を償う様子を、一番近くで見てみたい。そんな形容しがたい不思議な感覚が、私の頭の奥の方でぐるぐると回っていく。  靴の中に砂粒が入ることなど厭わずに、一歩一歩砂浜を歩いていく。浜辺を暫く進んでいると、魚の死骸がネットが絡みついたまま陸地に打ち上げられ、腐臭を放っていた。寄せては返す波によって身が削られ、骨が露出しその周りを羽虫が集っている。  死んだ魚の白く濁った瞳が、私のことをじっと見つめている。それはまるで、『次はお前達だ』と言っているように感じた。 「その通りだ」  知り合いの亡骸ならともかく、偶然足元に転がっていた腐った魚の死骸に語りかけるようになる日が来るとは思ってもいなかった。これも、何かの罰なのかもしれない。一人笑いながら空を見上げる。こういう日に限って、雲ひとつない晴天が広がっている。あと数時間で西の空から星が落ちてくるなど、とても思えないような青空だった。逆に、こういう日だからこそ、滅びを迎えるのだろう。  私たちが認識する世界が五秒前に作られたとして、それを証明する方法は存在しない。記憶も、認識も、仮初でないことなど、誰にも分からないものなのだ。他人の心の中が、完璧に理解できないように、世界というものはあまりにも曖昧なものなのだ。まるでテレビの電源を切るように、この世界が終わったっていい。  太陽が浜辺に行き着いた廃棄物を照らしながら、ゆっくりと落ちていく。それはとても退廃的な光景であったが、何故か絵画のように見えた。耳に入っていた筈のさざ波の音も、どんどん遠くなっていく。もう間も無くこの世界が終わる。その実感だけが、私の中を支配していた。  目を閉じ、焼けた砂浜の上で横になる。真夏の太陽の残り火で熱せられた砂が腕を焼いていくが、その熱がどこか心地よかった。
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