あたしが無敵でいるために

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あたしが無敵でいるために

 毎日がキラキラ輝いていた。  友達とケラケラ笑って、オシャレに気を遣って、歩道をくるくる回って、ガッコで退屈な授業を半分寝ながら受けて、それが終わればコンビニで買い食いして。休みの日には気合いを入れて街へと繰り出していく。そういう毎日が永遠に続いていくものだと思ってた。  ブレザーを羽織って、ローファーを履いている時は世界の中心にいる気がしていた。あたし達が楽しんで、笑っている限り、無敵だ。イケメンでオトナっぽい人のカノジョになってヴィトンのバッグとかプレゼントされて、みんなから羨ましがられたい。でも現実っていうのはなかなかそうはいかないもので、バカみたいに友達と笑い続けているのが、とてもとてもサイコーな日々なんだ。  テレビでもうすぐ地球が粉々になっちゃうなんて聞いても、あたしにはなんだか実感が沸かなかった。ドラマは相変わらず予定通り放送してるし、なんだかんだでガッコには行かなきゃいけない。ナントカ文明が世界の終わりを予言していたとか怪しい番組で騒いでたけど、結局終わりなんか起きなかったし、今回のソレも結局ガセなんじゃないかって思ってた。  いつも通りの毎日が続いていく。あたしの知らないうちに『ワイルド・チャレンジャー』ってイカす名前のデッカい宇宙船が造られていたことを知ったし、その中に入るクルーの中にSNSですっげぇフォロワーがいるお金持ちの社長さんがいるってことも知った。自慢げに女優の彼女とツーショット写真付きでアップしているのを見て、女優さん羨ましいなぁって言ったら友達のタマミが爆笑してた。なんか月の旅行に行くってニュースで見たけど、いろいろすっ飛ばして宇宙旅行に行っちゃうのかーってなっただけなのに。  その辺りからあたしの周りがなんだかおかしくなってきた。あの宇宙船に乗れる抽選があって、もし当たったらセレブとかと一緒の船に乗れるかとってウキウキしてそれに参加したんだけれど、やっぱり外れちゃった。やったことないけど、まぁ宝くじみたいに当たらないもんでしょって、あたしは思ってんだけど抽選結果を知った時からパパもママも、なんだか悲しそうな顔をする回数が増えてきた。  それでも、ガッコはいつも通りに通わなくちゃいけない。たまーに友達と一緒にサボって街を歩く事があったんだけど、だんだん街の空気というのか、雰囲気? そういうのが変わってきている気がした。スピーカーから馬鹿みたいな音量で馬鹿みたいなことを叫び続けているシューキョーの車とか、世界が終わるから思い出作ろうよーって訳の分からない理由でナンパしてくるチャラ男とか、そういうヤカラが増えてきていた。生憎あたしはシューキョーなんかに興味はないし、チャラ男はタイプじゃないし。とにかくなんだかあたしにとって楽しくなくなってきていた。  頭の悪いあたしにとっては嫌いな勉強を無理やり強制してくるガッコは苦痛以外の何物でもなかった筈なのに、遊びに行くところが楽しくなくなったなら居心地が良くなってくる。勉強はめんどくさいし、可愛くコーデしてる制服や髪型に文句つけてくるセンセーもウザったい。でも、ガッコには友達がいるし、友達とツルんでる時のあたし達はいつだって無敵だってことを改めて認識できる。それだけでよかった。  そんな時間も長くは続かなかった。例の若社長やその恋人。あとはたくさんのセレブを乗せたあの船が大爆発を起こしてバラッバラになっちゃったんだ。流石のあたしも滅茶苦茶びっくりしたし、次の日のガッコはその話で大騒ぎだった。 「ルーナ」  放課後、帰ろうとしたあたしを友達の一人であるアキノが呼び止める。聞いたこともない心から悲しそうな声に慌てて振り向いたら、彼女は目に涙を浮かべながらベランダの向こうを見つめていた。 「私たち、もうすぐ死んじゃうんだね」  急に変なことを言い出したアキノ。彼女のトレードマークの茶色く脱色した長いツインテールが風もないのに揺れている。無敵のあたし達が死ぬわけなんかない筈なのに、一体ゼンタイ何を言っているんだろーか。あたし達はこのまま生き続けて、結婚してもずっと友達で。子供が産まれてもママ友になって赤ちゃんと一緒にランチをする。そういう日々を続けるに決まってるじゃないか。 「なーに馬鹿なこと言ってるンさ、あたし達が死ぬワケ――」 「馬鹿なことを言ってるのはルーナじゃん! どうしてそんなに笑っていられるのさ! ホントのホントに死んじゃうんだよ! 私も! ルーナも! タマミもリタも! みんな! みんな!」  あたしの言葉を遮る、アキノの叫び声。今まで一度も聞くことのなかった彼女の悲痛な声を聞いて、ずっとガセネタだと思っていたこの地球の最後のカウントダウンがあたしの胸の中でゆっくりと刻みはじめていくのを感じた。 「嘘でしょ、ホントにみんな死んじゃうの?」 「は? もしかしてルーナ、ずっとガセだって思ってたの? マジで?」  事実なんだからしょうがない。何も言わずに頷き、アキノに対して小さく頭を下げる。あたしが何も知らないから、無神経なことを言ってしまった。親しき仲にもレーギあり、小さな頃にお爺ちゃんから教えてもらった言葉だ。いくら仲良しで親友であっても、リスペクトを忘れちゃいけない。トシゴロの女の子の友情なんて、冬の水たまりの上に薄く張られる氷のように簡単に壊れるものなんだ。それを知らないあたしじゃない。あたしのせいで怒らせた、悲しませたんだったら素直にそれを認めて謝らなくちゃいけない。 「うく、く」  下げた視線でアキノの表情はわからない。くぐもったような声の後に聞こえてきたのは、あたしを慰めるものでも追い詰めるようなものでもなかった。 「あはははははははは! 私の怒り損じゃん! ごめん、ごめんねルーナ!」  何かがツボに入ったのか、急に爆笑するアキノ。なんだか馬鹿にされたような気もしなくもないけれど、元気になってしまったならばそれもそれでいいか。友達の悲しい顔は見たくはない。あたし達が無敵なのは、いつも笑っていられるからだ。笑っている限り、楽しんでいる限り、サイコーでいられるんだ。  それでも、アキノの笑い声に紛れて時計の針が刻む音が聞こえてくる。その音はあたしの中から聞こえてきている。今まで聞こえていなかった、世界の終わりまでのカウントダウン。耳を澄まさなければ聞こえない、本当に小さな音。  小さな音ならば、聞かなければいい。あたしは頭が悪いから、何か考えてもどうにもならないし、正解を出すことなんてできない。だから、笑い続けよう。友達とのおしゃべりで、笑い声で、時計の音なんてかき消してしまおう。サイコーでハッピーで無敵なあたし達でいる限り、隕石なんて怖くないんだ。まだまだ夕陽が来そうにもない放課後の教室でアキノの背中を強めに叩きながら、あたし達は大きく口を開けて笑い続けていた。  それから何日か経った終業式の日だけど、校長センセーの長い話を聞くつもりなんてなかったから集会は参加しなかった。代わりに人の居なくなった校舎を勝手にぶらついて、こっそり職員室に忍び込んで教頭センセーの机の中に入っている小さな鍵を拝借し、ポケットに入れた。ランチタイムに屋上に入りたいってタマミが騒いだ時に、根負けした教頭センセーが机の上から出したそれの場所をふと思い出したからだ。騒ぎになるとマズいけど、持っていったことを知らせるメモを代わりに入れればダイジョーブでしょ、多分。誰も居ないガッコで、屋上で友達とのんびりするってのもなかなかに楽しそうだ。  だけれど終業式が終わってしまえば、なかなかガッコに行く用事もない。残り少ない時間はあっという間に過ぎていく。何かをしないと、カウントダウンの音があたしの身体の内側から聞こえてきて気が狂いそうになるんだ。なんとなくそれがわかっているのか、いつもは口うるさいパパとママも、あたしが遊び歩いても夜更かしをしても怒る回数が減っていた。なんだか調子を乱されているようなカンジがしたけど、ガラじゃないけど少しは親孝行しなきゃいけない気がして今までやる気もなかった家事の手伝いなんかをしたり、お出掛けに付き合ったりしているうちに、8月11日――最後の日はやってきた。  何かをしようと思っていたけど、特に何も思い浮かばない。カウントダウンは相変わらず聞こえているけど、家族の前だけは痩せ我慢を貫き通す。家族のみんなでテレビを見たり、いつも通りにご飯を食べているうちに太陽は沈み、夜が来る。あたしも、友達も、パパもママも最後になる夜。最後の刻まで、幾ばくもないだろう。 「おやすみ、んで、ありがとう。パパとママの子供に生まれて、あたしは多分、幸せだったと思うんだ」  それ以上は、二人の顔を見ることができなかった。ずっと3人でいたなら多分パパもママも、私もワンワン泣いてしまう。泣きながら最後を迎えるなんてダサいことは、やっちゃいけないんだ。だからといって地球最後の夜に月並みなことしか言えないあたしの頭の悪さを悔やむ。もう少し、勉強しとけばよかったなと思ってもそこはもう後の祭り。どうしようもない。  部屋に戻り、スマホを確認するとみんなからメッセが届いていた。世界が終わる夜だっていうのに、いつものように他愛もない内容だ。いつも何も考えずに笑っていた日常。それがなんだかとんでもなく愛おしかった。だから、あたしはあたしのまま、無敵のまま最後を迎えたい。 『これから、制服着てガッコに集まらね?』  返事を待つことなく、屋上の鍵をポケットに入れたままのブレザーに袖を通す。ハンガーにかかっていたスカートを手早く穿いてソックスに足を通せば、現役の女子高生の完成だ。オソレオノノケ! 『今から? こんな時間に? もうお風呂入っちゃったよ。また化粧するのめんどいんだけど』  皮肉屋だけどなんだかんだで面倒見がいいタマミだ。そんなことを言ったってきっと来てくれるだろう。 『いーじゃん、青春っぽくって。ってかもう暗いからスッピンでいいじゃんか』  あたしの無茶に全力で乗っかってくれるアキノ。彼女がいるから、あたしはいつでも馬鹿でいられたんだ。  馬鹿をするあたしと、それに乗るアキノ。そしてそれをまとめるタマミ。あたし達が3人集まれば、怖いものなんて、何もない。聞こえるたびにあたしの心臓を削り取っていく時計の音を掻き消す笑い声を心から、心から求めているんだ。 『じゃあ、屋上集合ね! 鍵は開けとくから!』  ガッコが開いているかどうかなんてわからない。それでも行かなきゃいけない。だってあたしは馬鹿だからだ。動き回っていないと、笑い続けていないと時計の針音で頭がおかしくなりそうなんだ。  ローファーを履いて勢いよく外へと飛び出す。もうすぐ、世界はあんまりにも不条理に滅びちゃうだろう。それでも、最後の最後まで笑っていよう。あたし達は、笑っている限りは無敵なんだから。
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