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だから嫌われたかったの、と彼女は結論を告げた。
「私のことを、本当に嫌いになってくれる人が現れたら……その心だけは本物だから。信じられるから。……ごめんなさいね、佐伯君。確かに、あんな酷いこと言うべきじゃなかったわ。でも、私の気持ちもわかってほしい。チート能力なんて……夢見るもんじゃないの。人は、自分の力でコツコツ積み上げて努力して欲しいものを勝ち取るからこそ……誰かの痛みがわかるし、本当の意味で強くなれるものなんだから」
「おい」
「話はそれだけ。……じゃあね。貴方は私に惚れなかった。それだけで充分嬉しかったわ」
一方的にそう言い捨てて去ろうとする星子の手を、俺はとっさに掴んでいた。驚いて振り返る少女。悔しいけれど、やっぱり美人だと思う。例えそれが、神様とやらに与えられた作り物の美貌であるとしても。
「信じてやるよ。なんとなく納得したしな」
もやもやする気持ちが、完全に晴れたわけではない。本当の自分を隠す彼女にも腹が立ったし、どんな理由であれ自分が嫌われるために人を傷つけるような言動をしたことも許せない。でも、一番ムカついたのは。このまま放置すればきっと彼女は似たようなことを繰り返すだろということ。
冗談じゃない。本人さえ好きでもないツンデレ言動で、グサグサ互いを突き刺す現場なんか見ていたくもない。
「だから、そのキャラもうやめろ。腹が立って仕方ねえ」
「……そんなこと言っても、私は」
「お前に惚れてない俺が傍にいてやる。お前が悪いことしたらガンガン叱ってやるし、場合によっては殴る。それでどうだ」
何故、自分に星子のチート能力が効かなかったのか。
明白だ。なんせ俺は、生まれてこの方人間に恋をしたことがない。好きになるのはいつも花ばかりだった。花を写真にとって愛でるだけで、両想いになれたような充足感を抱いていた。それ以上に欲しいものなどなかった。そもそも人間に興味がないなら、彼女に恋愛的な興味がわかなくても当然なのである。
そう、だからこれは、恋ではなくて。
「目の前で枯れそうな花を放置するのは、趣味じゃねーんだよ」
俺の言葉に。彼女は再び、“ばっかじゃないの”と口癖を言った。いつもと違って、今にも泣きそうな声だったけれど。
怒って尖ってばかりの薔薇が、優しく花開く時は来るだろうか。
それはまだ、神のみぞ知るところである。
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