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運悪く、見てしまったのである――いわゆる、女の子の“いじめの現場”というやつを。
別のクラスの少女たちが、校舎の影に溜まっていた。そして一人の女の子を取り囲んで、さながら“晒し上げ”のようなことをしていたのである。端々から聞こえた単語から察するに、リーダー格の少女の好きな人に、いじめられている少女が色目を使っただなんだと因縁をつけているらしい。実にくだらないし、なんとも理不尽な話である。本当に片思いであったとしても、好きでいるだけでなんの罪があるというのか。
そう、まさにその時だ。
『ばっかじゃないの』
いつもの罵倒をひっさげて、現れた一人の女性。あの藤宮星子、その人だったのだ。
『そんなに相手の男を振り向かせたいなら、自分を磨いて見返してやればいいのに。ああ、それもできないのが分かってるから人を陥れようとしてるわけね。最初から自分で負けを認めてるんじゃない。流石、いじめなんてやる人間はわかりやすいわね』
『な、なんですって?』
『おっと』
平手をかましてこようとした女子の手を掴んで、星子は言った。
『暴力で解決?ありがと、そっちの方が早く済むわ』
その後は、鮮やかとしか言いようがない。一人は右ストレート、一人はバックドロップ、一人は一本背負い。合計三人のいじめっ子女子が、あっさり地面とキスをする羽目になったのだった。
完全に目を回した加害者たちを後目に、被害者少女に歩み寄る星子。
『暴力はいけない、それは真理よね』
呆然とする少女にかける声は、初めて聴くほど優しいものだった。
『でも。貴女自身の体や心をを守る為に必要なら、拳を振るうのも勇気よ。ああいう奴らは、貴女が抵抗してこないと見下してるからこそつけあがるの。耐えられないと思ったら、迷うことなく殴り飛ばしなさい。貴女の心が壊れるくらいなら、その方が百倍マシよ。殴る価値もない相手かもしれないけれど、貴女自身は拳で守られる価値あるものだわ。そうでしょ』
『は、はい……ありがとうございます』
『それと、今の時代は証拠を録画・録音しておくのもいいわ。ネットにばらまくとでも言ってやりなさい。ああいう奴らは存外体面を気にしてるものだから』
『はい……はい!』
その時、俺は思ったのだ。弱い者いじめは許せない、虐げられている者を損得関係なく助けたい――その優しさこそ、彼女の本質であるはずだと。
――本当は優しいのに、人に嫌われるように動く理由?……なんだろうな、全然思いつかん。
俺のそんな視線に気づくことなく。彼女はずっと、真っ直ぐ黒板を見つめ続けていたのだった。
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