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前世、僕はネジだった。プラスネジだ。
もっと言えば、災害時の備えとして買った防災バッグに付属の、手回し発電機付き防災ラジオのネジだ。
僕の填められたラジオを買った家は、幸い数十年間大きな災害には合わず、ラジオは数度の動作確認を行ったのみで、一家の引越しを機に廃棄された。
「前世の記憶で知識チート」とかいう概念が前々世、人間だった頃の記憶にあったようだが、何せ前世はネジである。
「前世の記憶なんか活かしようがねーな」と、ネジ当時に思ったことは覚えているが、具体的に前々世にどんな記憶があったかは不明だ。
どうやら、記憶は前世分までしか引き継がれないらしい。
前々世が人間らしく、前世がネジだった僕は、今世でまた人間に生まれてしまった。恐らく前世と同じ世界、同じ国、近い時代に。ネジの記憶による知識チートは難しいと思われる。
ただ前世がネジであるためか、狭い所に潜り込むのは小さい頃から好きだった。
ネジは寒さを感じなかったが、人間は寒さを感じる。僕は前世の記憶を思い出し、布団の中で体を捩った。
ピンポンピンポン、と喧しく呼び鈴が鳴る。
僕はネジらしく、布団の中により深く潜り込んだ。
ガチャガチャと金属の擦れる音。
ネジの僕にはわかる。あれはマイナスドライバー二本で、強引に鍵を抉じ開ける音だ。普通に犯罪行為なので辞めて欲しい。
バタン、と1Kの部屋のドアが開かれ、ドスドスと乗り込んできた足音が、僕の枕元で止まった。
布団が強引に剥ぎ取られる。全裸なので寒い。
そんな僕を一切気にすることもなく、不法侵入者は鋭い調子で告げる。
「行くわよ、ネジ」
「もう五分」
「頭にドライバー突っ込むわよ」
今世の僕にネジ穴は無い。頭蓋骨も尖った金属よりは弱いので、僕は素直に起き上り、手早く昨日と同じ服を着た。
「昨日と同じ服じゃないの」
目敏く指摘され、上衣だけ新しいシャツに替える。昨日着たシャツも洗濯前にまだ一日くらい着れるので、こいつに会わない明日に着よう。
「準備できた? なら今すぐ出るわ」
「朝ごはん食べたい」
「本当に時間無いから。昼に倍食べなさい」
人間は食い溜めは出来ても、食わず溜めは出来ないものだ。
しかし、時計を見れば遅刻寸前なのは事実なので、僕は飴玉一つを口に放り込み、慌てて彼女の背を追った。
そんなに急いで何の用事があるのかと言えば、今日は運転免許の本試験を受ける予定なのだ。
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