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第百八話 獣は若い力に戦いの明日を託す
「えいっ……やあっ!」
「いいぞ鷹!手を緩めるな!」
週末の昼下がり、俺たちファイターはリングを囲んで小型ロボットと初めてのスパーリングに挑む鷹に声援を送っていた。
「――ちくしょう!」
鷹がフィニッシュを決めようとした瞬間、拳を素早くかわしたロボットのフックが小さなヘッドギアを揺さぶった。
「……うわっ」
ふらついた鷹の顔面を今度はロボットのストレートが容赦なく襲い、ガードが一週ん遅れた鷹は「ぎゃっ」と叫んでそのままマットの上にひっくり返った。
「そこまで!勝者スパーリング二号!」
俺がファイトの終了を告げると、鷹は頭を振りながら剥くりと起き上がった。
「ちぇっ、一回ダウンしただけで終了なんてひどいよ懺兄ちゃん」
「ぼやくんじゃない鷹。そういう約束だったろ?」
口を尖らせて不平を言う鷹に、俺はぴしゃりと言った。優しく諭すよりこの方が奮起するというものだ。
「あーあ、子供向けのマシンファイトがあったら、あっという間にチャンピオンになってやるのに」
鷹が防具を外しながら負け惜しみを口にした時だった。ジムに現れた重吉が、端末を手にしたまま俺の方に歩み寄って来るのが見えた。
「……懺、次のオファーが来とるんだが……今回は無理して受けなくてもいいぞ」
「どういうことです?」
「相手のファイターが、人間なんだ」
「人間ですって?……それのどこがマシンファイトなんですか」
「お前は知らんかもしれんが、人間でも身体の六十五パーセント以上を機械化したサイバーなら例外的に機人ファイターとしてエントリーできるんだ」
「六十五パーセントが機械……」
「今回の相手は一度引退した人間のマシンファイターだ。本人は人間側のファイターとして復帰したがっていたが、それがかなわずあえて機人側で登録した……ということらしい」
「ふうん……ベテランなんですね」
俺はサイバーになってまで復帰したいという執念に、不思議な物を感じた。心が人間のままなのに機人ファイターとして人間と戦うってのはどういう気持なのだろう?
「これが対戦相手の画像だ」
「――これは!」
俺は画面上に映っている人物を見て、思わず声を上げた。俺が知っている姿とは明らかに異なる、闘志むき出しの表情でこちらを見据えているファイターは……福来だった。
「なぜ福来さんが……」
俺が困惑していると、「福来だって?大将がどうかしたのかい」と梶馬と月平が近づいてきた。
「俺の次の対戦相手が『福来』の大将らしいんです」
「……ってことは大将、機人ファイターになっちまったのか。よほど現役に未練があったんだな」
梶馬が感心したように言い、重吉が「どうする?」と俺に判断を迫ったその時だった。
「ただいま。……あれっ、珍しくみなさん集まって、どうかしたんですか?」
「あっ、哉さん」
月平の叫びにつられて戸口の所を見ると、哉が手ぶらで首をかしげているのが見えた。
「哉、買い物に行ったんじゃなかったのか。荷物はどうした?」
「それが……」
哉が気まずそうに背後を振り返ると、両手に大きな袋を下げた守が「あれっ、中に入らないんですか?」と不思議そうな顔で姿を現した。
「……守君、買い物のお供もいいけど、入門直後は基礎トレーニングも大事だよ。筋トレとかさ」
ジムに入って来た守にいきなり苦言を呈したのは、意外にも月平だった。
「すみません、練習時間が一応、終わってたもので……意識が足りなかったですかね」
守が頭を下げると、梶馬が「筋力のないお前が言う台詞じゃないぜ、ゲッペー」と笑いながらその場を収めた。
「……重さん、俺、このオファー受けますよ」
「おっ、そうかい。やりづらくはないか?無理しなくてもいいんだぞ」
「ええ、向こうが俺を指名してきた以上、受けなければ失礼です」
俺がきっぱりと言うと、重吉は「わかった、そう返事をしておく」と頷いた。
「新しいファイターも入ってきたし、汗衫の試合も決まったし、うちのジムもなかなか活気づいてきたじゃないの」
梶馬が言うと、月平が「すごいよね、みんな。……重さん、僕も練習量増やしたら対戦オファー、来ますかね?」と泣きつくように尋ねた。
「そうだな……外の敵から怖れられるには、こいつらをぶちのめすくらいじゃないとな」
重吉が俺を含むファイター全員を見回すと、月平は「そんなあ」と床にへたり込んだ。
〈第百九回に続く〉
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