第百九話 獣は深夜の闘いをジャッジする

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第百九話 獣は深夜の闘いをジャッジする

 階下から聞こえる物音で俺が目を覚ましたのは、対戦を翌日に控えた日の深夜だった。  ふと予感のような物に駆られた俺は、部屋を抜け出して物音の出所を探った。  誰もいない廊下を進んで行くと、ジムの方から灯りが漏れているのが見えた。どうやら誰かいるようだ、そう思って中を覗きこんだ俺が目にしたのは、思いもよらぬ光景だった。 「月平先輩……守。いったい、こんな時間に何をやっているんだ?」  室内灯に照らされたリングの上で防具をつけ、向き合っているのは険しい表情の月平と困惑を隠せずにいる守だった。 「ごめんザン君、ちょっとの間、見てみないふりをしてくれるかな。これから僕と守君とで、手加減なしのファイトをするんだ」 「なんですって?先輩、こんな夜中にわざわざそんなことをする必要、ないでしょう」 「僕には……あるんだ。このままだと守君に哉ちゃんを取られてしまう」 「哉を……どういう意味です?」  俺は意外な言葉に虚をつかれ、思わず聞き返していた。 「ザン君は気がついてないかもしれないけど守君が来てから哉ちゃん、明らかにかわった気がするんだ。不安な顔をしなくなったし、いつもにこにこしてて目が輝いてるんだ。僕らにはそんな顔、見せたことなかったのに」 「誤解です、月平先輩。僕は哉さんの事をそんな風に感じたことないです」 「君はなくても哉ちゃんは変わったんだってば!」  月平は声を荒げると、「ザン君……レフェリーを頼んでもいいかな」とつけ加えた。 「先輩……守はまだは入ったばかりですよ。そんな新人を叩きのめしてどうなるっていうんです?」  俺が宥めようとすると月平は「わからないよ、叩きのめされるのは僕の方かもしれない」と寂しげな声で返した。 「君の言う通り、ファイトに勝ったからって哉ちゃんが僕を好きになるかどうかはわからない。……でも、落ちこぼれの僕が哉ちゃんに見直してもらうには、勝つしかないんだ」 「月平さん、北原先輩の言う通りです。こんなことをしても、もしかしたら哉さんは誰も好きにならないかもしれません」 「わかってるよ、そんなこと。……でもこれは恋をかけた男の闘いなんだ。……守君、全力で僕をノックアウトするんだ」  追い詰められた表情の月平をどう説得したものか、俺が考えあぐねていたその時だった。 「おい、こんな時間に何を騒いでるんだ。重さんに見つかったら小言じゃすまないぞ」  苦言と共にジムに姿を現したのは、梶馬だった。 「……誰かと思ったらゲッペーか。お前、そんな格好で何をする気だ?無断で新人と戦ったりして、場合によっては次の対戦を出場停止にされるかもしれないんだぞ」 「梶さん……止めないでください。これは僕のプライドをかけた戦いなんです」 「今からか?……わかってんのかゲッペー、明日は懺の試合があるんだぞ?」 「わかってる、ザン君に迷惑をかけるのは心苦しいけど……でも僕にはこれしかないんだ」  月平がはねつけると、気迫に圧倒された梶馬が「仕方ねえな。……だがハンデがあるだろう。俺が守のセコンドをやるが文句はねえな?」と言った。 「……構いません」  一方にだけセコンドがつくってのもまずいんじゃないか――そう俺が思いかけた時、またしても別の人影がジムに姿を見せた。 「――あたしが月平さんのセコンドをやるよ」 「……翼?」 「ごめんみんな、眠れなくてふらふらしてたら話が聞こえちゃったんだ。……月平さん、本気を出したところをあたしたちに見せてよ。あたしも中一の時は、今の倍の体重があった。でも必死でトレーニングしたら二十五キロも減量できたんだ。本当に欲しいものがある時って、どんなことでもできるんだよ」 「翼ちゃん、ありがとう……俺、やるよ。……いくぞ、守君!」            〈第百十回に続く〉
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