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第2話 力なき守護者は愛に目を伏せる
「哉、急で悪いが、近いうちに引っ越そうと思う」
俺はアパートに戻ると、妹の哉にそう切りだした。
「どうして?いい部屋が見つかったのの?それとも仕事の関係?」
俺の身元引受人でもある哉は、アイロンがけを中断して顔を俺の方に向けた。どうやら前向きな転居というわけでもないということを、俺の口ぶりから察したらしい。
「いや、そうじゃない。ついさっき、顔見知りのごろつきを一人、勢いでのしちまったんだ。出所したばかりで気をつけなきゃいけないのに、迂闊だった。このまま同居していればお前まで不要なトラブルに巻き込む恐れがある」
「どこにいたって心配なことに変わりはないわ。だったら、目の届くところにいてくれた方が気が楽。そもそも、兄さんが日ごろの振る舞いに気をつけてくれれば済む話でしょ」
哉の言い分はもっともだった。たとえ不穏な光景を目の当たりにしたとしても、今の俺は首を突っ込む立場にない。多少、腕に覚えがあったばかりに警察を呼ばなかったのは、思慮が浅かったと言わざるを得ない。
「確かにな。だが、女の子がごろつきに絡まれているのを見過ごすわけにはいかなかった」
「女の子?」
「ああ、ちょっと変わった子だったが、危険な場所に出入りするようなタイプじゃない」
俺は少女の顔と振る舞いを思いだし、やはり助けたのは間違いじゃなかったと思った。
「兄さん、今日のところは仕方ないけど、これからはできるだけトラブルに近寄らないで」
「ああわかった、気をつけるよ」
哉は厳しい表情で俺に釘をさすと、再びアイロンがけに戻った。いたたまれなくなった俺はほとんど唯一の肉親に背を向けると、買い物に行くふりをしてアパートを出た。
※
俺の名は北原懺、二十八歳。四日前に刑期を終えたばかりの前科者だ。
以前はドライバーやガードマンなどをやっていたが、今の所復職の目処は立っていない。
俺と哉が暮らすこの街は、生身の人間と精巧な機械人間――通称『機人』と呼ばれている――がちょうど半々で、機人がやや人間に気を遣う形で共存を果たしている。
機人がいつから市民権を得て人間と同等の暮らしをするようになったか、俺は知らない。
少なくとも俺が小さかった頃から、機人たちはごく当たり前に目に着くところにいた。
機人は工場で造られ、劣化はするが基本的に成長も老化もしない――というのが一般的な常識だ。感情らしきものもあり、人間に共感したり友情をはぐくむこともあるらしいが、子孫を残すの能力はないので機能が停止すればその時点でスクラップとなる。
ごくまれに人間と機械が家族同然に生活を共にすることもあるようだが、大抵はどこかで破たんする。実際、人間と機械の居住地域は漠然とだが、自然に棲み分けができている。
俺たち兄妹は早くに両親を亡くし、叔父によって育てられた。だがその叔父がある時、人を殺してしまったのだ。殺した相手は機人のスポーツ選手で、少女に暴力を振るおうとしていたところにたまたま居合わせた叔父がはずみで殺してしまったのだ。
叔父は逮捕され、数年後に獄中で亡くなった。以後、俺たち兄妹は誰にも頼ることなく、人目につかぬようひっそりと生きて来た。
俺は必死で働き、妹が学校を出ると家を出て日雇い労働者が多く住む地域に身を潜めた。
だがそこで機人のごろつきに絡まれた友人を救おうとして、結果的に相手に重傷を負わせてしまう。機人は回復したが俺は逮捕されて有罪となり、四年間の服役が命じられた。
四日前、模範囚として予定より早く出所した俺は、不本意ながら身内である妹に身元引受人となってもらい、妹の働く店の二階に身を寄せることとなったのだ。
※
俺が再びに厄介事に巻きこまれたのは、機人の少女を助けたわずか二日後のことだ。
かつて働いていた運送会社と警備会社にあっさりと門前払いを食った俺は、妹の忠告も忘れて治安の悪い地域へと足を踏みいれてしまったのだ。
「よう、誰かと思ったら懺の旦那じゃねえか」
さびれた倉庫の前で声をかけられ、振り返った俺は思わず目を瞠った。俺の前に立っていたのは見知らぬ大男を背後に従えたザムザだった。
「俺の兄貴分だ。通称『オッド・ブル』と言って元マシンファイターだ」
「マシンファイター……」
〈第三話に続く〉
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