第3話 荒ぶるものよ、天使の拳で眠れ

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第3話 荒ぶるものよ、天使の拳で眠れ

 ザムザの後方から姿を現した異様な姿の機人に、俺は思わず目を瞠った。 『オッド・ブル』は全身が浅黒く、上半身が異様に肥大した人物だった。片方の目が怪我で潰れており、禿げあがった頭には機人にはあまり見られない、縫い目のような傷跡があった。 「あんたがついこの間まで傷害で食らってたっていう兄さんか。なるほど喧嘩が強そうだ」 『オッド・ブル』は俺を値踏みするように見降ろすと、鼻先でふふんと笑った。『オッド・ブル』の右上半身は金属に覆われ、右腕の先には重機のアームのような爪がついていた。 「ちょっと腕に覚えがあるからって、正義漢づらしやがって。……おいブル、こいつに少しばかり痛い目を見させてやれ。ただし生身だから、力を入れすぎるとバラバラになるぞ」 「いいだろう。復帰前の腕試しだ」 「復帰前だと……」  俺は唸った。マシンファイトというのは、機人と人間とを戦わせて観戦させる一種の興行だ。マシンファイターというのはその出演者で、相手をノックアウトさせるのが仕事だ。 「なるほど、仕事にあぶれた格闘家がチンピラになり下がっちまったってわけか。」  俺は重心を下げて身構えつつ、どうすれば荒事を回避できるかを模索し始めた。 「――行くぜ!」  最初に俺を襲ったのは、巨大な爪を持った右腕だった。俺は唸りを上げて迫る爪を紙一重でかわすと、横向きになった敵の脇をすり抜け背後へと回り込んだ。 「むっ?」  振り向きかけたブルの首を、俺は素早くあらためた。古い機人の中には首にリセットスイッチが格納されている者がいるのだ。だがブルの首に点検ハッチはなく、俺は後ずさりながら次の一手を探った。 「そこか!」  ブルが振り向きざまに放ったのは、左の蹴りだった。リベットだらけのブーツが見えた直後、俺の頭上で空気が鳴った。こうなったら、いちかばちかでモーターに接続されたケーブルのどれかを力づくで引きちぎるしかない。  俺はブルの懐に突っ込むと、ポケットから小型のハンマーを取り出し右脚の付け根に叩きこんだ。 「――ぐあっ」  ブルが呻いて身体を折ると、胴の一部が蓋のように開いて中の配線が露わになった。 「しめた!」  俺が開いたハッチに手を伸ばし、手前のケーブルを引きちぎったその時だった。 「なめるな!」  いきなりブーツのつま先が俺の顎を蹴りあげ、ふっ飛ばされた俺はそのまま後ろざまに倒れた。背中と後頭部を地面に打ち付け、痛みに耐えながら身を起こしかけた俺に、頭上から『爪』が襲い掛かった。 「死ねえっ!」  間に合わない!俺は一瞬、ブルの爪が俺の顔面を貫く光景を思い浮かべた。だが次の瞬間、「うっ」と呻いて動きを止めたのはブルの方だった。 「……なんだ?」  地面を転がって攻撃範囲を逃れた俺は、立ち上がって敵の姿を確かめた。俺に向けられた爪は空中で止まり、仁王立ちになったまま固まっているブルの胴からは一本のケーブルが垂れさがっていた。 「――今だ!」  俺はブルに向かって突進すると、全体重をかけたタックルを腰のあたりにを喰らわせた。次の瞬間、巨大な右手をつき出したブルはバランスを崩し、俺もろとも地面に倒れ込んだ。 「ふざけるな、素人が……」 「悪いな、格闘経験が乏しくてね」  ブルが身を起こすより一瞬早く立ちあがった俺は、無防備に開けられたハッチの中に右の拳を叩きこんだ。 「があああっ!」  俺の右腕を電流が突き抜け、ブルと俺の絶叫が重なり合ってこだました。  ショックから脱した俺は拳を引き抜くと、ブルの身体から飛び退った。ブルは仰向けになったまま二、三度びくんと身体を痙攣させ、やがて手足を投げ出すと動かなくなった。                〈第四話に続く〉
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