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第4話 地獄からの使者は紳士の仮面を被る
「ふう、とんだストリートファイトだったぜ」
我に返った俺は両肩を喘がせながら、周囲を見回した。状況が不利なことを悟ったのか、気づくとザムザの姿は俺の視界から消え失せていた。
「……さて、この機人ファイター氏はどうしたらいいのかな。うっかり放置して刑務所に逆戻り、なんてことになったら目も当てられねえ」
俺が途方に暮れながら電源を落とした機械同然の男を見つめていると、ふいに背後から「私がその男の始末を引き受けよう」と声が飛んできた。
振り返るといつの間にか背の高い、サングラスをかけた男が俺の後ろに立っていた。
「誰だ?あんた」
「素晴らしいファイトを見せてくれて、ありがとう。私はニコ・マリオス。マシンファイトのジムを経営している者だ」
「マシンファイトの?」
「敗者の後始末をする代わりに……と言っては何だが、うちのジムの専属ファイターになる気はないか?」
「専属契約だって?何を企んでるんだ」
「君、ろくな暮らしをしてないんじゃないか?うちで訓練をつめば、こんな野蛮なストリートファイトじゃなく、正規の装具をつけた上でフェアな試合ができる。もちろん、勝てばファイトマネーだって入るし申し分ないだろう。もちろんそれまでの間、生活の面倒はうちのジムで見る」
俺はうーむと唸って黙り込んだ。得体の知れない男だが、この申し出が本物なら身分の定まらない俺にとっては渡りに船だ。
「……俺の身内の面倒も一緒に見てくれるってんなら、考えてもいいぜ」
悩んだ俺の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは、哉の顔だった。ジムに所属すれば、刑務所帰りの兄の身元保証人から解放してやれる。
「身内……奥方かな?」
「妹だ。兄貴がふらふらしてるうちは縁談だってこないだろう。二人揃って引き受ける余裕がないなら、この話はなしだ」
「いいだろう。妹さんの分も含めて生活全般を保証するということで、どうかな?」
「構わない。その条件さえ呑んでくれれば、あとは煮るなり焼くなり好きにしていい」
俺が申し出に応じると、マリオスは満足げな笑みと共にジムの連絡先を記した名刺を俺に手渡した。
「契約成立だ。詳しい話は君がジムを訪ねてきたときにあらためてしよう」
「じゃあ、悪いが俺はこれで失礼する。後を頼むぜ」
「承知した。こちらの機人は知り合いに頼んで記憶を消し、休止モードのまま自宅へ連れて行くことにする」
マリオスは恐ろしいことをしれっと言うと、ブルの傍らに屈みこんだ。俺は身を翻した後、振り返って「そうだ、名乗るのを忘れていたな。俺は北原懺。よろしく」と言った。
「こちらこそよろしく、ミスター懺。……いや、今日からはファイター懺かな」
俺はせっかちなジムのオーナーに「まだファイターじゃない。今日の一戦は誰も知らないってことになってるんだ」と言うと、唯一の身内を安心させるべく家路を辿りはじめた。
〈第五話に続く〉
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