第1話 寄る辺なき者たちの街角

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第1話 寄る辺なき者たちの街角

 悪夢を見るのは、何も夜だけとは限らない。    娑婆に戻って四日目、陽の光に慣れようとかつての縄張りをうろついていた俺は、せっかく早まった出所をふいにしかねない嫌な眺めに出くわした。  狭い路地から目抜き通りに出る手前のところで、両手に食料品の袋、背中にリュックを背負った少女の行く手を、いかつい男が通せんぼをするように塞いでいたのだ。 「なああんた、前に会った時も言ったよな?今度この辺りで見かけたら逃がさないからそのつもりでいろって。また来たってことは、俺たちとつき合う覚悟があるってことだろ?」 「すみません通してください。急いでるんです」  大男の顔に、俺は見覚えがあった。マファイアや悪徳警官の使いっ走りをして小銭を稼いでいる、このあたりの鼻つまみ者だ。 「じゃあ、そのあたりの理由をゆっくり聞かせてもらおう。俺たちで良ければ力になるぜ」  少女は険しい表情になると、その場に固まった。どう許しを乞おうが男に動く気はないということを察したのだろう。 「――よう、ザムザじゃないか。こんな明るいうちから強盗の真似事か?」  俺が声を張り上げると男の眉がぴくりと動き、振り返った少女の怯えた顔が見えた。 「……(ざん)か?てめえ、確かムショにぶち込まれたんじゃなかったのか。いつ出てきた?」  俺がザムザと呼んだ男は忌々し気に舌打ちすると、殺気を宿した眼差しを寄越した。 「ほんの四日前だよ。模範囚だったんで刑期が短縮されたんだ。変わらねえな、この辺も、お前さんも」  俺は軽口を叩くふりをして目で少女に「隙を見て逃げろ」と合図を送った。 「どういうことだ?」 「相変わらず薄汚ねえってことだよ」  俺が鼻をつまむジェスチャーをしてみせた瞬間、少女がザムザの脇をすり抜けるようにして向こう側へと飛びだした。 「――こいつっ!」  ザムザが身体を捻じ曲げた瞬間、俺は奴の懐めがけて突進した。気配に気づいたザムザがこちらに向き直るより一瞬早く、俺の拳は奴の顔面を捉えていた。 「ぎゃあっ!」  俺は重心を低くすると、鼻を抑えてのけぞった奴の鳩尾に二発目を躊躇なく叩きこんだ。 「……てめえ、なんで俺の邪魔を」  ザムザはしわがれた声で言うと、そのまま地面の上にうつぶせで倒れ込んだ。 「ごろつきどもの小競り合いならほっとくところだが、一般市民をいじめてるとなると、さすがに見て見ぬふりはできないんでね」  俺は意識を失ったザムザに言い放つと、路地の出口でこわごわと顔の一部を覗かせている少女に歩み寄った。 「さて……と。お嬢さん、あんたくらいの年なら、この辺の治安が悪いことくらいわかるだろう?なぜわざわざ出向いてきた?それともよそから越してきたばかりなのか?」  俺が諭すように尋ねると、少女は意外にもひるむことなくまっすぐこちらを見返してきた。そのまなざしは美しく、俺は思わず息を呑んだ。 「事情が……あるんです。必要な薬を売っているお店がこの通りにしかないんです」  十六、七歳だろうか。あどけなさを残す整った風貌からは、たとえ相手が大人でも一歩も引かぬという覚悟が漂っていた。 「助けていただいてありがとうございました。……急ぐので、これで失礼します」  少女は俺に向かって深々と一礼すると、身を翻して雑踏の中に去っていった。  俺はわずかなやり取りの中で感じ取った小さな違和感を、少女が去った方角を見つめながらあらためて反芻した。それは驚きとも感動とも違う、なんとも奇妙な感覚だった。  ――あの少女は人間じゃない……機械だ!                〈第二話に続く〉
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