5杯目 紅茶の魔女の休日~わんこ系後輩に慕われてます~

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5杯目 紅茶の魔女の休日~わんこ系後輩に慕われてます~

 階下に降りると、魔導書使いのミーシャが赤い顔でによによと笑っていた。  この書店の亭主であり、先の大戦の英雄【魔本のミカエル】。そして、レミィの友人である。  レミィの手土産だった甘いワインですっかりと上機嫌になっている。  ミーシャは無類の酒好きで、とりわけ果実で甘くしたワインが好きだった。 「やぁ、ゆっくりできたかい。いい眺めだったろ、うちの鐘楼。……ひっく、いやぁ! 実に熱い告白だったねぇ!」 「昼間っから酔っ払って……って、ちょっと。盗み聞き!?」  ミーシャはうふうふと笑って、さらにワインを煽っている。  人が悪いのは相変わらずのようだ、とレミィはそのにやけ顔を睨みつける。 「あっはっは。僕のサインを入れた本は、ぜんぶ僕の目であり僕の耳だからね。たまたま、護衛の魔導師君のひとりがウチの書店で買った本をもっていたから、つい」 「つい、じゃないよ! もう、あんたは昔からそーゆー……!」 「許しておくれ、レミィ。僕みたいな固有魔法は、戦時中よりもこうやって平和にみんなが本を読む世の中になってこそ輝くんだ。少しくらい輝いてしまっても構わないだろ?」 「構うわ。……次やったらこの書店の本、一冊残らず紅茶漬けにするから覚悟しておきなさい?」 「紅茶のシミは取れないんだ、勘弁しておくれ!」 「ふん」  レミィならば、性格的にも能力的にもやりかねないと思ったのかミーシャは慌てて片眼鏡(モノクル)をおさえた。  盗聴なんて悪趣味なことをするからだ。 「……まぁ、お詫びにひとつご忠告」 「忠告?」  レミィの耳にそっと唇を寄せて、ミーシャは囁く。  その内容は、意外なものだった。 「僕のところに、ちょっとした相談があってね。近頃、何冊か禁書登録されている魔本が行方不明になっているそうなんだ?」 「……ふうん?」 「なんでも、先の大戦の兵器の作り方が書いてある魔本をいたるところから買いあさっている人間がいるようなんだけど、なんとそいつは宮廷魔導師団を名乗っているそうなんだ」 「宮廷魔導師?」 「あぁ。そういわれてしまえば、売り渡さざるを得ないからねぇ。ちゃんと宮廷魔導師のバッジもつけていたそうだ。公務で買いあさっているっていうんだけどさ……不思議なことに、僕の店にはこないんだよ。こんなにたくさん、危険で魅力的な魔本を取り揃えてるのに!」  ふむ、とレミィは考える。  本当に宮廷魔導師が公務で魔本を買い集めているのであれば、まずはミーシャの店を訪ねるだろう。  先の大戦が終結するまでは、ミーシャもシュトラ王国の軍人だったのだ。  性格と素行には難アリとはいえ――本来ならば、一番信用できる仕入先のはず。そのミーシャを尋ねないとしたら。 「あんたの知り合い……?」 「あるいは、後ろ暗いことを考えてる悪い奴」  にこっ、とミーシャは微笑んで、レミィの背中を押す。  ミーシャの優男風の見た目と低く甘い声。  けっこう男女問わず非常にモテる方なのだけれど――レミィには一切通用しないなぁ、とミーシャは小さくぼやいた。 「なんだか、レミィもちょっときな臭いことになってるみたいだからね。耳にだけは入れておくよ」 「――ありがとう、ミーシャ」 「どういたしまして。気をつけて帰るんだよ、僕の大切な紅茶姫」 「その呼び方やめてよ、気持ち悪い!」  肩をすくめて、軽く手を振って、ミーシャをいなす。  ふたりのやり取りは、他の者には聞こえなかったようでステラが不思議そうな顔をしていた。  ふむ、とレミィは唸る。 (まぁ、ああいう情報は知っておいて無駄じゃない――かな)  ステラの手を取って、レミィはまっすぐに城へと歩いて行った。    * * *  ――さて、翌日。  レミィは前日の護衛任務の疲れをいやすべく、爆睡していた。  なぜなら休日であるから。  宮廷魔導師団に所属する魔導師は、潤沢な給与と様々な情報や資材を手にできる環境を手にしている。  平たくいえば、お給料もいいし、魔導師としての活動に必要な貴重な資源――例えば貴重な薬品やら宝石やら金属やらがすぐに手に入る状態ということだ。  王家直属の公務員として守られている身分なので、王国中どこに旅するのにも困らない。 「……ふぁーあ。まぁ、その代わりに休みは少ないけどね……あと、研究熱心なやつらじゃなきゃ、宝石やら薬品やら使わないっての」    宮廷魔導師に認められた、月に二度の公休日。  王都内に住居を持たない魔導師のための職員寮、【紅茶の魔女】レミィの部屋を訪れる人影があった。 「やっほー☆」  まるで太陽の光のような金髪が輝く美人。  白い衣がまるでこの世に現れた女神そのもののような――【庭園の聖女】アリシアである。  またの名を、伝説の職業軍人ジェミニ・アリ=シャパ。  それすらも偽名であり、彼、あるいは彼女の本当の名前も、性別も、知っている人間は非常に少ない。  とはいえ、戦乱の影のなくなった世の中において、その麗人は言うだろう。  少なくとも、いまの名前はアリシアで。  少なくとも、いまの職業は宮廷魔導師で。  少なくとも、いまの性別は女ってことにしておいてね――と。 「おそよう♡ レミィってば、せっかくのお休みなのに部屋に閉じこもって。晴れてるよ? こういう日こそお庭でお茶でもすればいいのに」  ノックもなしに部屋に乗り込んできたアリシアの手には、薬草を束ねた大きなブーケがあった。  彼女が王宮の庭園の裏で育てたものだ。  レミィがハーブティを仕込むのに必要な薬草は、すべてアリシアから仕入れている上質なものだ。  昼近くまでベッドで眠っていたレミィは紅茶色の髪をかきあげてむっとした表情でこたえる。 「いやいや、庭で茶飲んでるのは、アレはあくまで『サボるための手段』だからね。休みの日にはやらないわ」 「もぉ、意地悪言ってぇ。この薬草の花束(ブーケ)あげないわよ?」 「じゃあ、もう二度と薬草茶(ハーブティ)を淹れてあげない」 「ぎゃふん!」 「……っふ、ふふ。なんだよ、『ぎゃふん』ってさ」  思わず吹き出すレミィが腰かけていたベッドに、アリシアがとすんと腰を下ろす。  アリシアの髪の毛や服に染み付いた花の香りがレミィの鼻孔をくすぐる。  華やかで、優しくて、官能的。  アリシアの匂いってかんじだ……とレミィは思う。 「昨日、ずいぶん遅くまで働いてたって聞いたわよ? 窓際族同盟として、ちょっと見過ごせないなぁ?」 「あー、うん。働いてたっていうか、調べ事をしてたっていうか……」  必要な仕事はとっとと終わらせて定時で帰宅!  それに飽き足らず業務中だってサボる!  ――それが、シュトラ王国宮廷魔導師団の【窓際族同盟】の鉄の掟である(いや、鉄ってほどではないけれど)。 「調べ事って、ステラ王女殿下の話かしら?」 「それもあるんだけど、公務で魔本を買ってる魔導師の履歴を調べてたんだ」  レミィの所属する青龍班は、事務や執務をつかさどるチームである。  地味ではあるが、閲覧できる資料の種類は非常に豊富だ。  会計記録から会議の議事録まで、なんだって手に入る。  しかし。  この数日で、禁書登録をされている魔導書を買ったという記録は一切なかったのだ。  ミーシャの魔導書がらみの情報に間違いがあるとも思えない。  宮廷魔導師を名乗って、街中で魔導書を買いあさっているというのは一体何者なのか。 「うーーーん、また謎が増えてしまった」 「あはは、レミィったら眉間にしわ寄せて」 「アリシアが能天気すぎるんだよ、スパイだなんだって話を持ち込んできたくせに」 「用心はした方がいいけど、気を張りすぎるのも考え物よ?」  にっこり、とアリシアは微笑んで、どこから探し出してきたのか、レミィのとっておきのクッキーを頬張った。 「で、今日は何の用なわけ? 休日にアリシアが私の部屋に来るなんて、珍しい」 「ああ、そうそう! アリシアはね、レミィをお誘いにきたのです!」 「ん?」 「お祝いをしましょう!」 「お祝いって……なんの?」 「じゃじゃーん!」  アリシアが取り出したのは、『宮廷魔導師団の中途採用者一覧』という書類だった。  数人の氏名が書かれている。  いわゆる、号外のようなものだ。 「ああ。そういえば昨日は中途採用試験だったんだっけね。最近は倍率も難易度も上がってるって聞くけど――」 「ふっふっふ、レミィ? 窓の外を見てごらんなさいな」 「窓の外?」  レミィはベッドから立ち上がり、言われた通りに窓を開ける。  爽やかな昼の風と日差しがレミィの紅茶色の髪を揺らして――そして。 「レミィ先輩ーーーーっ!!」 「おおっ!?」 「俺です、俺!! ディルですよ!! 俺、やりましたーーー!!」  窓の下、満面の笑みをレミィに向けているのは――宮廷魔導師団の補佐官、ディルである。  レミィをやたらと慕っている、ワンコ系後輩。  その手に握られているのは。 「あああーー!!」  宮廷魔導師団中途採用試験の、合格証。  正規の入団試験では不合格だった彼が、補佐官として出仕しながらも目指していた難関試験の、合格証! 「やったな、ディル君!!」 「やりましたー!! これも、先輩の紅茶のおかげっす!!」  ディルがもう片手に持っているのは――水筒。  素焼きの壺に蓋をつけただけの、そっけないデザイン。  昨日、ステラを連れて街に出る前に、レミィは温かい紅茶をたっぷりと満たしたその水筒を試験前のディルに差し入れしていたのだ。 「……君の努力だよ、おめでとう。ディル君」  その紅茶には、いつもの強化魔法(エンチャント)はかかっていなかった。  あったかい、うんと美味しい、ただの紅茶だ。  たしかに、元気の出る柑橘の香りをつけた特製紅茶だ。  けれど、それを飲んで合格を勝ち取ったのはディルの今までの積み重ねである。 「先輩、あの――よかったら、お祝いのお茶会してくれないっすか!」 「ああ、そういうことなら喜んで」  照れくさいながらも、しっかりと笑顔を作って親指を立てて見せる。  ディルも同じポーズで返してきた。  窓を閉めると、急いで髪を整えて服を着替える。  アリシアがその様子を嬉しそうに眺めているのに気づいて、レミィはちょっと頬を膨らませた。 「……お祝いって、これのこと?」 「えぇ、彼もうずーーっと朝からソワソワして女子寮の前にいたから。不審者だと思われる前にね☆」  と、アリシア。 「相変わらず、回りくどいやつ!」 「ふふふ。私もお祝いのお茶会に混ぜてくれてもいいのよ?」 「はいはい、お好きにどーぞ」 「嬉しいくせに」 「ノーコメント!」  レミィの休日は、こうして始まって――美味しい紅茶と共に更けていった。
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