6杯目 宣戦布告の協議会

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「貴様、どういうつもりだ!」  【爆焔の魔導師】バリアン・メラ・ドゥランダルは、その大変よろしいお顔をゆがませて叫んだ。  つかつかと豪華な衣装を靡かせてレミィに歩み寄ると、その胸倉をつかむ。 「自分が何を言っているのか、わかっているのか。この女ぁッ!」 「レミィ・プルルス。私にはそういう名前がありますよ――あぁ、【紅茶の魔女】と呼んでいただいてもいいですとも」  自分よりも頭ひとつ背の高い男に見下ろされながらも、レミィは一歩も引かない。  にやり、と不敵な笑みさえ浮かべている。  その表情は、いつも気だるげに紅茶を淹れている女魔導師のそれではない。  なにか――もっと、剣呑な。 「……っ!」  バリアンは、その笑顔に何か底知れないものを感じて――言葉を詰まらせる。  その一瞬の隙を、レミィは見逃さない。 「私は、あんたが王女と結婚することに反対する――前回、宮廷魔導師と王族が結婚した際にはこう決められていた」 「――言ってみろ」 「宮廷魔導師協議会の『満場一致』をもってその求婚は認められる。王族に結婚を申し込む魔導師は、反対する魔導師が望めばその者との決闘を受けなくてはならない……ってね」 「はっ、決闘か。この太平の世にはふさわしくない、古い慣習だな」 「たしかにね。でも、今ここに『満場一致』は破壊された。私は、あなたに決闘を申し込む。――前例主義のこの王城(ばしょ)では、それが絶対なんでしょう」 「あぁ――そうかもしれないな。お前は私に決闘を申し込む――私が勝てば、お前は宮廷魔導師の地位から退くことになるだろう。だが!」  バリアンは、ゆっくりとレミィに向き直る。  周囲の魔導師たちは、声もあげずに二人のやり取りを見つめている。  あの、昼行燈の【紅茶の魔女】が、どうして――。  一様に、そんな表情を浮かべている。  しかし。  レミィには、あるのだ。  ここで、意地を張る理由が。 ――本当に嬉しかったの。あなたが、レミィが私に温かい紅茶を差し伸べてくれたことが。  そんなささいなことを、嬉しいと言われてしまっては。  そうして、あんなまっすぐな憧れをむけられてしまっては。  ……彼女の望まぬ結婚を、見過ごすわけにはいかないのだ。 「だが、レミィ・プルルス。決闘には作法があるのは知っているな?」 「お?」 「決闘は戦争とは違う――正当な立会人を2名用意できなければ、お前は私に決闘を申し込むことすらできない。お前がこの【爆焔の魔導師】たるバリアン・メラ・ドゥランダルに負ければ、お前が立会人として立てた者も、今後は宮廷魔導師としての未来は失うだろう。容赦なくな」  勝ち誇ったように、バリアンは嗤う。  窓際族のお前に、今後の出世をかけてまで味方する者はいるのか。  そう問いかける、笑みである。 「はーい、私やりますよぉ♡」  声の主は、アリシア――【庭園の聖女】アリシアである。  あでやかな金髪を窓から差し込む光にさらし、きらめく白い衣をなびかせて、アリシアは立ち上がる。 「おお、マジかよ……アリシアさんが」 「紅茶の魔女、絶対負けないでくれよ……俺たちの日々の目の保養を失いたくない……!」  一部に熱烈なファンのいる、文字通りの聖女然とした振る舞い。  アリシアは笑みをうかべて立ち上がったのだ。 「……ふん。【庭園の聖女】か。たいした固有魔法も持っていない弱者同士、つるんでいるとは聞いていたが」 「アリシア……あんた……。いいの? もしも私が負けたら――」 「ふふ。レミィ? 抜けがけはズルいわよ。それに……負ける気なんてないでしょ、あなた」 「――バレてたか」  昔からの腐れ縁。  共に戦場を駆けたこともある――命を、背中を、預けたこともある仲だ。  今更引き下がれというつもりはないのだ、お互いに。 「あとひとり。立会人を立てられるのか、レミィ・プルルス」 「あー……」  そこまでは考えてなかったなぁ、とレミィは苦笑いする。  まあ、この場で意思表示をしただけでもこちらに分がある。  満場一致を避けたことだけでも――バリアンからステラへの求婚を先延ばしにすることができるのだから。  レミィがそんなことを考えていると。 「あの――俺、立会人をやります!」  講堂に、若く誠実な声が響く。 「へ? ディル君⁉」  けれども。  いるのである。  レミィ・プルルスの紅茶に勇気づけられた者は、彼女を慕う者は――ステラ王女や【庭園の聖女】アリシアだけではない。  本日付で登用された新人――【子守唄の魔導師】ディルもまた、レミィの紅茶に惹かれている。  ほっとするほど温かくて、優しくて――背中を押してくれる、あの紅茶に。 「レミィ先輩。俺でよければ――!」 「ちょ、何言ってるの。せっかく宮廷魔導師になったんじゃない! こんなところで、キャリアに傷を――」 「いいんです」  ディルは立ち上がり、柔らかく微笑んで見せた。  まっすぐに、レミィを見据えて。 「――俺、先輩がそんなに一生懸命になってるの初めて見ました。先輩がそんなに真剣ってことは――なにか、この決闘を譲れない事情があるんすよね?」 「でも――」 「やらせてください。先輩は、俺が宮廷魔導師になりたいって言ったときに――先輩は、先輩だけは俺のことを笑わなかった。みんなが、俺なんかじゃ無理だってマジメにとらえてくれなかったけど、先輩だけが俺を笑わなかったんです。だから、やらせてください」 「ふふふ、慕われてるねぇ。レミィ? これは――負けられないね」 「……もとから、負けるつもりもない」  レミィは改めてバリアンに向き直る。  バリアンは、まさかの光景に顔を赤くして怒りを抑えているようだった。 「さあ、立会人はそろった。改めて、バリアン・メラ・ドゥランダル。あんたに決闘を申し込む――私が勝ったら、ステラ王女への求婚を無期限に延期して」  レミィのまっすぐな声に、講堂の魔導師たちがどよめいた。  * * *  一方その頃。  稀代の【魔導書使い】、ミーシャの古書店。  店主のミーシャは水煙草をふかしながら、一冊の本に目を落としていた。  羊皮紙でできたそのページには、こっくりと琥珀色に光る文字が現れては消えていく。  彼の独自の魔法である【魔本】は、遠隔地でその本に書かれた情報を即座にミーシャの手元に伝えることができるのだ。 「……さて。行方不明の禁書の行方が知れて来た」  先の大戦で使われた兵器――【怪物(レムレス)】を生み出す禁断の魔導書。  宮廷魔導師を名乗る者が買い上げているというその魔本の断片のゆくえを、ミーシャは追っていた。  人から人へ、本から本へと情報をたどり、たどり着いた先。  禁書登録されたそれは、今――。 「シュトラ王城、第一執務室にある――だと?」  レミィの勤め先、じゃなかったか。  ふむ、とミーシャは水煙草をひと吸いして――深く考え込んだ。
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