7杯目 決闘

2/3
前へ
/30ページ
次へ
 ダムの「はじめ!」という掛け声とともに。 「――昏き焔よ、紅き炎よ、ここに」  バリアンのフランベルジュの刀身に炎が宿る。  かつての大戦でまだ10代だったバリアンを、戦場の英雄として活躍するに至らせた――ドゥランダル家の秘宝。  バリアンの先代が振るっていた刀は、たった一振りで千の軍勢を焼き尽くしたという逸話もある。  燃えあがる炎が刃の刀身の数倍以上に伸び上がる。  円形の闘技場をむせ返るような熱気が包み込んだ――。  しかし。  レミィはその巨大な焔の剣にも少しも怯むことはない。  静かな笑みを浮かべるのみ。 「……ひとつ、聞いておこうかな。あんた、どうして王女様と結婚なんてしようと思ったわけ?」 「……貴様に――敗者に答える義理はない」 「負けてないじゃん」 「まだ、な――灰塵と帰せ!」  燃え上がる剣が、レミィに振り下ろされる。  かつて戦場で敵陣営を蹂躙した――女ひとりを焼くには十分すぎる炎。  その熱線のなかに、あっという間にレミィの身体が――飲まれた。 「……陛下、お下がりください」  【鋼鉄の魔導師】ダムの声が低く響き、固有魔法で出現させた鋼鉄の壁が彼と国王を決闘場から遮断した。  瞬間。  夥しい水蒸気が濃い霧のように決闘場を包んだ。 「っ、レミィ先輩!! ……あつっ、熱い!」 「はいはい、下がってね。ディルくん?」 「でも――!」 「レミィなら大丈夫」  呑気な声色とともに、アリシアは白い指の間からパラパラと何かを地面にばら撒く――次の刹那。 「っ、ば、薔薇!?」 「おしい。山茶花。お水をいっぱい含んでいてね――熱から私たちを守ってくれるわ」  ぶわり、と。  まるで時間の流れを早めたかのようにアリシアの撒いた種が一気に成長し、アリシアとディルを熱風から守る。 「で、でもこんな……先輩!」 「ふふふ、そんなに顔真っ青にして……」  もうもうと立ちのぼる湯気。  やがて晴れてきたそのなかに、バリアンの影が浮かび上がる――そして。 「……な、なぜ」  そして、そのなかに立っているのはバリアンだけではなかった。  ――小柄な女性の影が、ひとつ。  その姿に、バリアンは声を震わせる。  驚愕に目を見開き――叫んだ。 「なぜ、お前が立っている!」 「……なぜ? 何を言っているのかわかんないけどさ」  不敵な声でレミィは笑う。  ひとつの乱れもない着衣。  少しの震えもない声で。 「――アイスティー(・・・・・・)はお嫌いかしら?」  ぱきり、と。  甲高い音が響く。  ぱき、ぱきぱきぱき。  熱い水蒸気を押し除けるように、レミィの構えたポットから溢れ出した氷点下(・・・)の紅茶が、熱風もたぎる蒸気も――全てを冷やし凍らせる。 「あ、アイスティーだとぉおぉ!?」  絶叫。  だって、ありえないはずなのだ。  名門魔導師の家系であるドゥランダル家の、正統な後継であるバリアン。  先の大戦でも成果をあげた家宝フランベルジュの一撃が――。  たかが紅茶(・・・・・)に阻まれるなど。  そんなこと、起きていいはずがないのだから。 「それじゃあ、決闘を始めようか……お坊ちゃん?」 「っ、この……小娘が……!」  何が起きたのかも分からぬ恐怖に震えながら、バリアンはそれでも剣を構える。  悠々とティーポットを捧げ持つ女魔導師を、睨み付ける。 (私が……こんな戦場も知らない小娘に負けるなど、あってはならない。そして必ず、ステラ王女と――!)  ぎりりと握り込む剣の柄が、汗で湿っている。  しかし。  もはやそんなことは構っていられない。  バリアンは、先程の一撃を上回る爆焰を発するために――魔力を練り上げる。  その様子をじっと見つめて、レミィはただ静かに佇んでいるだけだった。  まるで――自分から仕掛ける必要などない、と。  そう宣言しているかのように。    * * * 「レミィが決闘ですって!?」  王城に響き渡るのは、王女ステラ・ミラ・エスタシオの悲鳴だった。  泣きそうになりながら、宮廷魔導師のひとりに食ってかかる。  今朝、毎朝のお茶会のために庭園に向かったステラだったが、待てど暮らせどレミィは現れなかった。  それを不審に思い、第一執務室に押しかけたのだ。 「は、はい……急に、今朝の、その……ステラ王女殿下のご婚姻に関わる採決に……反対をされまして」 「レミィ! あんなに……私のことは構うなと、そう言ったのに」 「お、王女殿下!? どこにいかれるのですか」 「決まっているでしょう、決闘場ですよ!」 「そんな、いけません。それに……【紅茶の魔女】の相手はあのバリアン様です。今頃、もう……」 「……もう、なんだというのかしら」 「は、申し訳ございません!」  きっ、と上目遣いに睨みつけるステラに、魔導師がたじろいで引き下がる。  なにせ、相手は「王女殿下」であり――将来の王の妻になる少女である。  ステラを雑に扱ってくれる――もとい、対等に扱ってくれるものは、このシュトラ城ではレミィしかいないのだ。 「っ、絶対に、絶対に止めるんだから……決闘なんて、勝手にするなんて許さないんだから!」  ステラは駆け出す。  どうすればいいか、なんてわからない。  それでも、レミィの顔が見たい。レミィにひと目会いたい。  ……レミィとこれからも、一緒にいたい。  その思いが、ステラを突き動かした。 「お戻りください、王女殿下」  しかし。  決闘場に向かう長い廊下。  そこで、ステラの前に立ちふさがったのは――宮廷魔導師団の朱雀班、つまりは王族の護衛を専門とする魔導師たちだった。 「そこをどいてください、私は闘技場に向かわないといけないの」 「なりません。班長……バリアン様と、青龍班班長のダム様から、誰も通してはならないと言われております」 「わ、私は王女です。これは命令で……!」 「恐れながら、国王陛下もご承知のことです。王女殿下とはいえ、お通しするわけには――」 「ひっく。おぉっと、何やら揉め事かい?」  柔和な男の声が響く。  のらりくらり、ふわりふわり。  そんな形容がぴったりの――しかしその奥底に、底知れなさを含んだ声。  ステラの後ろから、酒瓶を片手に千鳥足で歩いてきた男は―― 「あなたは――」 「やぁ、お姫さま。先日ぶり。僕の店に来てくれて以来ですね」 「あなた、古書店の」 「なっ、魔導書使いの……ミーシャ!?」 「おっと。僕のことを知っててくれているなんて光栄だね」  魔導書使い――王都で古書店を営むミーシャだった。  かつて【魔本の魔導師】として、部隊を率いて戦う軍人だった男。  ――【紅茶の魔女】レミィの、旧知の男である。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

378人が本棚に入れています
本棚に追加