378人が本棚に入れています
本棚に追加
「さらばだ、爆焔の。貴様の【真髄】――ありがたく使わせてもらおうか」
「なっ……!」
侮蔑。
宮廷魔導師団、【青龍班】。
事務処理方をとりまとめる【鋼鉄の魔導師】ダム・ディーゼルの表情からは――バリアンへの深い侮蔑がにじみ出ていた。
それは、弱き者への侮蔑。
それは、役に立たなかった捨て駒への落胆。
それは――いまから搾取する「力」への、憐憫。
「貴様は言ったな、バリアン・メラ・ドゥランダル。戦場で、紅き魔女を見たと。素性も知れぬ少女であって、天下無双の魔導師であったと。そして、貴様はこともあろうに、この国の未来を――『強き国』と定めた。笑わせる……貴様の定めた、『戦わぬ国』のどこが強さか!」
「……戦わぬ国?」
「そ……れは……。武力的な強さに驕り、軍事的な強さにかまけていれば……いつかは足元をすくわれる……あの少女のような、強者に……だから、戦う前に争いを回避できる……強き国を……!」
「下らん、下らん下らん下らん! それが惰弱であるというのだッ!」
高らかに声をあげるダムの手に握られているものを、レミィは見定める。
(あれは……魔導書か。それも、禁書レベルの――)
その秘められた魔力や記された魔術式の危険さゆえに、流通を禁じられている魔導書。
ダムが持っているのは、おそらくそれだ。
「……なるほどね。アリシアの言ってたネズミってのは、あんたのことで間違いなさそうだ。……カタブツ班長さん」
「だまれ、レミィ・プルルス」
「アリシアの読み通りだったってことだ……たしかに、国王陛下の食事に毒を盛るのも、バリアンを焚きつけて王女殿下に求婚させるのも、あんたにだったら容易いわ」
青龍班が司るのは、事務書類。
王城内の物流も、人材配置も――すべてはダムの手中にあった。
ならば、あらゆる小細工はダムにとってはいともたやすいことだったに違いない。
「な……【鋼鉄の魔導師】よ、おぬしは……」
「陛下、しばらくそちらでお休みになっていてください」
ダムが、大戦時代から履き続けている軍靴で床を踏み鳴らす。
途端、国王の周囲を囲むように地面から大量の剣が飛びでてきた。
まるで、檻のように。
「ははーん、謀反ってやつ? やるじゃない、カタブツ」
「ふん。レミィ・プルルス……一体、何を嗅ぎまわっていたのか知らんがすべては遅すぎた。……貴様のごときどこの馬の骨ともしれぬ、【紅茶の魔女】があの【爆焔の魔導師】から【真髄】を引きずり出したこと、少しは褒めてやろうと思っていたのだが……もういい。バリアン・メラ・ドゥランダルとともに消えろ。私の築き上げる、最強のシュトラ王国の礎となれ――」
「あら、いけないわねぇ。レミィ、そこで転がってるバリアンくんをアリシアのところに!」
「……了解」
アリシアの声に、レミィは紅茶を操って膝をついているバリアンをアリシアの展開する山茶花の障壁のほうへと押しやる。
ディルが慌ててバリアンを助け起こし、その隙にアリシアはさらなる障壁を展開する。
あそこまでアリシアが『護り』に徹しているのならば、ひとまずは大丈夫だろう。
レミィは冷静に現状を分析する。
崩れ落ちる直前の炎の巨人は、すでに無害に等しい。
あとは――ダムの手にある、魔導書だ。
異変を感じ取ったのか、新米宮廷魔導師のディルが怯えた顔でダムを見る。
「な……だ、ダム班長!? どうしちゃったんですか、すごい怖い顔して……それに、その魔導書って!」
「説明はあーと♡ まずは、状況を見定めるわよ。ディル君?」
「え、あ……アリシアさん?」
「このトビネズミ、あなたに預けとく」
レミィは、静かにティーポットを構える。
たっぷりと淹れた紅茶は、無限に増え、変幻自在に形をうつろわせる。
武器にも、防具にも、縄にも。
紅茶を操る【紅茶の魔女】の、無双の武器。
心を持たぬ最強の少女兵としてかつての戦場を駆けていたときからの、無二の相棒。
「――魔導書よ、魔導書よ、かの爆焔の【真髄】を我が手中に!」
ダムが魔導書を起動させる。
アイスティーのように冷静に、カモマイルティーのように落ち着いて。
レミィはその行く先を見定める。
ダムの声に応えるように、さきほどの炎の巨人を上回る大きさの鋼鉄の巨人が姿を現す。
それだけでは、ない。
鋼鉄の巨人はくずおれようとしていた炎の巨人の、灼熱の炎を吸収し――自らに取り入れたのだ。
「……固有魔法の【真髄】を……兵器に……!?」
「そう、これが私の手に入れた力…… 先の大戦で使われた兵器――【怪物】を生み出す禁断の魔導書!」
勝ち誇ったようにダムは笑う。
レミィはじっと、それを睨みつけるのみ。
「たやすいものだった。残念ながら国王陛下は私のことを信頼してくださらなかったが、あっけなく日々の毒の前に体調を崩してくださった。それに惰弱なる夢まぼろしのごとき未来に共感を示しただけで、バリアンは私のことをすっかり信じ切っていたからな……バリアンが国王になったのちに、すべてを牛耳ろうと思っていたが、計画変更だ」
鋼鉄と炎で編み上げられた巨体の内部、みずからのための醜い玉座に座ると、ダムは醜い表情を隠そうともせずにレミィたちを見下ろした。
「……ダム。あんた、戦争を起こしたいの?」
「無論! 和平講和など結ぶべきではなかった! 戦争はいい、男たちを駆り立て、技術革新を生み、危機感のもとに国を強固にする……戦役が終わった後のシュトラは見る影もない。民はたるみきった生活を享受し、男どもはそこの新米魔導師のごとく弱弱しい子守唄などを歌い、栄えある宮廷魔導師に紅茶だの庭園だの、弱き固有魔法の持ち主が抜擢される! 私はそれが許せなかった、私が戦い続けていた戦場のはてがこれかと……書類仕事に明け暮れる毎日かと!」
「……書類仕事は確かにやっかいだけどさ」
「私は戦いの中にこそ、このシュトラ王国の発展を見るのだ!」
「……」
にらみ合い。
鋼鉄と炎の怪物を得た彼は、この場を突破すればその足でシュトラ王国そのものを、隣国を――蹂躙するだろう。
そして、あの戦火を再び燃え上がらせるに違いない。
レミィは、思う。
戦火。
そんなものは――唾棄すべき害悪だと。
「……私が欲しいのは、温かい紅茶と……居場所だけなんだ……」
燃える炎と軋む鋼鉄の轟音に、レミィの呟きがかき消される。
* * *
一方、そのころ。
「と、トビネズミが……ふえた?」
ディルが、手の中で鳴く2匹のネズミを信じられないものでも見るように見つめていた。
そして、彼らの近くに。
「おやおや! これはまたずいぶんと派手だなあ……!」
「レミィ!」
ふたつの、足音が響いた。
「……お、王女様!? それに……あなたは……」
「やあ、はじめまして。私はしがない王都シュトラの片隅の書店オーナーさ」
「……あら、久しぶりね。ミーシャ。手紙読んでくれた?」
「おお、ジェミニ……じゃなかった、失敬。アリシア、元気だったかい! 手紙、ありがとうねぇ」
ひとつに編んだ長い白髪を垂らした優男が煙管片手に悠々と佇んでいた。
片眼鏡をかけた中年の男は、ゆっくりとした動作で微笑む。
「あの手紙のおかげで、おかげで魔導書の行方も追えたわけだ……あぁ、このリトル・プリンセスは途中でばったり運命的に出会ったから、お連れしたよ。どうやら、この茶番劇の当事者みたいだし」
「ミーシャって……【魔本のミーシャ】!?」
その姿――その意外にもまだ若さを保った風貌にディルが声をあげた。
元常勝将軍、【魔本のミーシャ】。
先の戦役でもっとも功をあげたと謳われ、無数の配下を有していたとされる謎多き人物である。
最初のコメントを投稿しよう!