9杯目 決着~戦場の紅き魔女~

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 破壊、倒壊。  決闘場の天井を破壊し、今にもシュトラ城や町に繰り出さんとしている巨大な鋼鉄と爆焔の巨人。  鋼炎の大巨人という異形によって。  戦火のなかで生み出された人間の固有魔法の【真髄】を原動力とする怪物(レムレス)という偉業によって。  ――ダム・ディーゼルの操る大災害は、魔法大国シュトラ王国を再び内乱と戦火の海に叩き落そうとしていた。 「――っ、うざったい」  降り注ぐ瓦礫を、ティーポットからあふれ出る紅茶の障壁で防ぎながらレミィは舌打ちをする。  レミィの背後にいるミーシャやステラ、ディル、そして【子守唄の魔術師】ディルによって深く眠らされている手負いのバリアン――彼らは、あらゆる植物を操る【庭園の聖女】アリシアの編み上げた蔦の障壁で守られている。  青々と豊かに茂る蔦の葉は、山茶花のような肉厚で燃えにくいものに改良されている。瞬時の判断と、持ち歩いている種子に魔法をかけて爆発的に繁茂させる強力な魔力だ。  鋼炎の怪物(レムレス)の発する熱に炙られて、蔦の障壁がむわりと青臭い匂いを放つ。 「あの……レミィ先輩ひとりで大丈夫なんでしょうか」 「ディル君、心配性ねぇ」 「だ、だって、これは決闘なんかじゃない。1対1の道理もないし、ミーシャ様やアリシアさんも加勢した方がいいんじゃ」 「ははーん、どうやら誤解されているようだ」  【魔導書使い】のミーシャが、場にそぐわないのんきな声をあげる。  それにつられるように、ふふっと吐息をもらすアリシア。  ステラはいまだに、レミィの言葉のとおりに両目をきっちりとつむっている。  あなたは見なくていいものだ、と。  親愛なる友が、言ったから。  ミーシャ……常勝将軍、伝説の大隊長【魔本のミカエル】は普段よりもやや早口だけれど、しかしその優美にも聴こえる不敵な声色を揺らすことはない。 「僕は、弱いよ。【魔導書】を操るなんてインドアでインテリな固有魔法、そうそう戦場で使える物じゃない。魔導書ってのはかさばるからね。しがない古書店の主人にぴったりの固有魔法なのさ。――君が僕についてどんな噂を聞いているのかは知らないけれど、僕があの戦争でどうにか生きていられたのは、優秀な仲間がいたからだ。まぁ、ダムなんかは僕の優秀な仲間たちを『どこの馬の骨とも知れない』って、顔も名前も覚えようとはしていなかったけれど」 「アリシアも戦わない。……アリシアが庭園魔術で『攻撃』をしようとすれば、たぶんこの一帯全部が廃墟になっちゃうわ。土地を枯れ果てさせる搾取植物や毒の花粉を振りまく草をはびこらせて、その土地ごと『殲滅』する――それが、私の魔法だから」 「そ、そんな……!」 「本当は、綺麗なお花をたくさん咲かせたいだけだったのにね」 「青年、心配いらないさ。いまのは理由のひとつにすぎない」  ――と、静かにミーシャは諭す。  自分たちはこの戦いに参加しない……否、参加する必要がないのだと。 「――僕らのなかで、最も強いのがレミィだよ」    * * * 「――動くな、邪魔だよ」  普段、中庭でサボりにサボっているレミィの面影はない。  目の前の敵を、切り刻む。  彼女の紅茶は、いま、ただそれだけのために振るわれていた。  鋼炎の怪物(レムレス)は簡単には揺らがない。  巨体は、確実に決闘場を破壊し――城へ、街へと移動を始めている。  しかし。  ティーポットの注ぎ口からあふれだし、鞭のようにふるわれる紅茶がそれを許さない。  絡めとり、叩きつけ、液体のしなやかさで削り取る。  鋼鉄の体が纏った炎に紅茶が触れるたび、シュウシュウという音を立てて蒸気があがる。  肺を焼くような熱さと、香り高いアールグレイの香りが周囲に満ちる。 「――この、このぉおぉっ!」 「邪魔、邪魔……私の平和な窓際生活を……邪魔しないでよっ!」  猛攻。  レミィによる攻撃は、まさにそう表現するにふさわしかった。  絡めとり、縛り上げ、破壊し――蹂躙する。  戦場を駆ける鬼女とでもいうべき猛攻に、かつて将として大隊を率いていたダムは息を飲む。 (――おかしい。この年では、かの戦役のときにはまだほんの子どもだったはず――だがっ! だが、この女の……この女の目はなんだ。バリアンを倒したのもやはり到底偶然ではない、この目は戦場を――)  鋼炎の大巨人のなかで魔導書を操るダムは、確信し、戦慄する。  そう、レミィ・プルルスの、あの目は―― (――地獄を知る者の目だ)  ぞくり、ぞくり、と。  蛇が這うような寒気が、ダムの背筋を駆け上がる。  みずからの固有魔法である【鋼鉄】と、シュトラ最高峰の家格の魔導貴族の血筋に伝わる【爆焔】をまとった、異形の巨人を操っていても、なお。  ――【紅茶】が。  うら若き、小娘の……最弱(・・)であるはずの宮廷魔導師の猛攻撃が、ダムを震え上がらせる。 「ぐ……うおおおぉおおぉっ!」  巨人の腕を、振り下ろす。  めちゃくちゃにその巨大な足を踏み鳴らす。  炎を爆ぜさせ、鋼鉄を鋭くする。  それなのに、それなのに。  気づいてしまう。  気づいてしまえば、恐怖からは逃げられない。 「……させない。ここで、終わりだよ」  燃えるような紅茶色の髪を少しも乱すことなく、闘技場の瓦礫の中を駆けまわり、跳躍し、襲い来るレミィ。  ダムは、そのちっぽけな【紅茶の魔女】に一撃すらも(・・・・・)当てることができていない! 「ぐ、うがぁああぁあ!!!」  今や、壮大なる計画のことなどダムの頭からは消え去っていた。  どうにか、この恐怖から――目の前で、鮮血のごとき紅を操る魔女から逃れたい!  その一心に支配されたダムは――動いた。
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