9杯目 決着~戦場の紅き魔女~

3/4
前へ
/30ページ
次へ
「っ!?」 「なっ、ステラ姫っ!」  一瞬のことだった。  ダムの操る鋼炎の怪物(レムレス)、燃え盛る異形の大巨人。  その体躯から切り離された剣が、レミィの真横をすり抜ける。  剣が飛んでいく先には、アリシアが庭園魔術で編み上げた蔦の防護障壁。  一瞬の。  たった、一瞬の隙だった。 「…………えっ」  レミィの言いつけ通りに、目を瞑っていたステラ。  異変を察知したのか、その美しい菫色の瞳を見開くと。  ーーそこには、赤が広がっていた。 「……ぐ、ははは……いやあ、僕もヤキが回ったもんだ」 「なっ、ミーシャさん!?」  鋼炎の剣に、腹を刺し貫かれていた者。  それは、かつて常勝将軍と謳われた魔導書使い、ミーシャだった。  白髪に鮮血。  片眼鏡(モノクル)が、落ちる。 「……ミーシャ! あなたは、どうしていつもそうやって自分を投げ出すの」 「は、はは……ジェミニ……じゃなかった、アリシア……ぐ、知ってる……だろ。僕は……君たちみたいな子を率いるには……弱いから……こうすることしか……」 「黙って。蘇生と癒しの魔本は持ってるでしょう!」 「ご明察……もう起動してる……」 「……少し安心したわ」  ほぅ、とアリシアは息を吐く。  【魔本のミカエル】という男は、いつもそうだった。  彼自身の操る固有魔法を使えば、あらゆる魔導書を自分の手足として操ることができる。  しかし、その能力は命のやり取りにはあまりにも向かなかった。  【爆焰】やら【鋼鉄】やらといった、指先一つで多くの人の命を奪う魔法とは性質が違った。事実、彼自身の戦闘能力だけでいえば、かつてのシュトラ王国軍大隊長では最弱レベルだった。  ……けれども。  ミーシャは、どこまでも、優しかった。  その身を投げ出すことを厭わない、自己犠牲の人だった。  アリシアの後ろ暗い過去も、孤児だったレミィの燃え上がるような復讐心も。  すべて、すべて、ありのままに受け止めて。  そして全てを、背負おうとする人だった。 「……だから、あなたにはついて行きたくなっちゃうわけよ。あの狂犬みたいだったレミィすら、ね」 「は……ありがた、い話だ……ぐっ……」 「もう喋らないで」 「あ……わた……しのせいで……! どうしましょう……」  目の前で流された血に、硬直しているステラ。  レミィは唇を噛みしめる。  ――あの娘に、あんな光景は見せたくないのに。 「小癪! 小癪、小癪小癪! くそ……下野してなお、王族に媚びるか魔本のミカエル!」  激昂したダムは、再び怪物(レムレス)の体表から炎の剣を錬成する。  ――1本ではない。無数の剣が、ステラに向けられる。 「……あんた」 「ふ……こうした姑息な真似はしたくなかったが、仕方あるまい。褒めてやろう、【紅茶の魔女】。貴様は私から多少の余裕を奪った。だが……勝利のためには、目的の達成のためには手段は選ばん、それが戦場だ」 「戦場なんて、クソくらえ」 「そのティーポットを破壊しろ、その腰に下げている茶筒もだ」 「……っ、なんですって?」 「従わぬのならば、ステラ王女殿下を貫く。こちらには国王陛下もおわすゆえ、私が王国の実権を握りさえすれば次世代については考える余地があるからな。養子、あるいは私が国王代理として就任するのもいいか……輝かしく強きシュトラの未来のために」 「……」 「だ、だめ……レミィ、私にかまわないで!」  ステラの悲痛な叫びが響く。  シュトラ王国第一王女、ステラ・ミラ・エスタシオには十分に理解できていた。  もうもうと蒸気と煙を噴き上げる炎鋼の大巨人――これを放置すれば、シュトラが長き戦乱を生き延びて手に入れた平和はたった数年で幕を閉じる。  ならば、自分の命など。 「そんなお願い、聞けるわけないでしょ」  パリン、と。  あっけないまでに軽い音が、決闘場だった場所に響く。  今や見る影もなく破壊しつくされた、その床に。  真っ白い、つるりとした陶器のかけらが散らばっていた。 「はははっははははははっ! それでいい!! ティーポットに、紅茶の体積増幅の術式をかけていたようだが、それがなくなれば貴様の惰弱な固有魔法も使えまい!! 魔導で練成しようとも、もう遅い!! 私は、この爛れるような平和を終わらせる!!」  ダム・ディーゼルの、狂ったような笑い声が響く。  ――どうして、と。  ステラは、その菫色の瞳をうるませる。  レミィは、あんなに優しくて。  レミィは、あんなに強くて。  レミィのことが――こんなにも好きなのに。 「……レミィ」  ステラの声に、レミィは答えない。  ――決着だ、とダムの勝ち誇った声が響く。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

378人が本棚に入れています
本棚に追加