エピローグ

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 早朝。魔法大国シュトラの王都の東地区。  【魔導書使い】のミーシャの営む古書店に、ひとりの旅人の姿があった。  古書店に住んでいる主人の起床が開店時刻、就寝時間が閉店時刻というこのミーシャの古書店である。 「邪魔するよ」 「……おや」  紅茶色の髪。  颯爽とした立ち姿に、カウンターの奥でくつろいで水煙草を蒸していた古書店の主人は片眼鏡(モノクル)の奥の目を細める。 「いらっしゃい、紅茶姫」 「だから、その呼び方やめてって」 「ははは、いくつになったって、僕にとっては君は小さな紅茶姫さ」  もう、とため息をつくレミィ。  アリシアに拾われた戦災孤児であったレミィを、軍人として、人間として、一人前に育ててくれたのは他ならぬミーシャである。まあ、これくらいの事は許してやろう。 「で、もう傷はいいの?」 「ははは、僕を誰だと思っているんだい。戦場でうけた致命傷は数知れず、それでもこうして終戦後も生き延びているしぶとい【魔本のミカエル】さ」 「ドヤ顔することじゃないでしょ……弱いのによくやるよ」 「弱いから、よくできるのさ」  僕はね、とミーシャが笑う。  まったく、こいつには昔からかなわない。 「……戻ってきてくれて嬉しいよ、レミィ」 「そりゃどうも。はい、これお土産」  どん、とカウンターに置かれたものの数に、ミーシャはぎょっとする。  カウンターの奥で寛ぐ店主がすっかり見えなくなるほどにうずたかく積まれているのはーー魔導書だ。  それも、すべて禁書指定を受けているものばかり。  魔導書使いであり、魔導書マニアでもあるミーシャは目を丸くする。 「わっ! レミィこれって一体」 「ああ、忘れてた。あとこれも」 「わぁ、僕の好きな赤ワイン! ……って!! 魔導書の山の上に置いちゃあダメだよ!!」 「……あんたがちゃんと保管しておきなよ、こんな物騒な魔導書はさ」 「ん……まさかこれ、全部【怪物(レムレス)】の……」  レミィが持ってきた魔導書は、1冊残らず先の大戦で生み出された巨大兵器【怪物(レムレス)】の製造にかかわるものだった。  ダム・ディーゼルがやっていたように他人の固有魔法の源である【真髄】を基にして駆動する超大型兵器。あまりにも危険で、あまりにも非人道的。  そんなものの製造方法、一般に出回らせておくのはいただけない。  レミィは、王都シュトラに向かう中で方々から魔導書をかき集めて、ここに持ってきたというわけだ。もちろん、ミーシャにとっては願ってもいない「お土産」である。 「まったく、あんなデカブツ相手にするのはもう二度とごめんだから」 「……あぁ。保管、任された」 「よろしく。それじゃあね」 「戻るのかい?」 「戻るって、どこに?」 「君のことを待ってる、王女様のところ」 「……。待って、どこまで知ってるの」 「さぁね?」 「明らかにすっとぼけた! ぐっ……」  レミィは顔を真っ赤にして、古書店をあとにする。  ああ、もう、あのおてんば姫……あんな手紙を読まされたら、どんな顔して会えばいいのか。……っていうか、会いに戻らないという選択肢がなくなるし!  まったくもう、とレミィは目抜き通りのバザールを抜けて、王城へと向かう。    * * *  王城の門番は、レミィの姿を認めるとすんなりと中に入れてくれた。  曰く、「いつも紅茶の差し入れをしてくださっていた、レミィさんですよね」とのこと。  ああ、たしかに見回りの兵士に仕事をサボっているところを見られてもいいように、門番や衛兵たちには積極的にお茶の差し入れをしていたっけ。 「いやあ、あの夏の日のアイスティーっていうんですか。あれ、また楽しみにしています」 「あ、はぁ……それは……ども」  門番たちに見送られて、久々のシュトラ王城内を歩く。  あんな事件があったあとだというのに、拍子抜けするほどに普段通りだった。  数ヶ月ぶりとはいえ。  平和というのは、脆くて、案外図太いものなのかもしれない。  王城と渡り廊下で繋がっていた敷地の外れの決闘場は、すでに更地になり瓦礫のかけらも見つからない。  城内を忙しく行き来する、官僚である宮廷魔導師たち。  その後ろを駆けていく未来に夢見る、補佐官たち。  レミィは、その光景をひどく懐かしく思いながら、歩く。  麗かな日差し。  遠くに、近くに聞こえるざわめき。  すべてが、レミィの思い描いていた「平和」そのものだ。 「……レミィ・プルルスか?」  美丈夫然とした声に振り返った。  赤みがかった髪は丁寧に刈り込まれ、ピンと伸びた背筋は男の体幹の強さと育ちの良さを表している。  スラリとした眉毛、切れ長の目、形のいい鼻とピッと引き結ばれた薄い唇。  イケメン。  街を歩けば娘たちがザワつくであろう容姿を持った彼には見覚えがある。  自分にも他人にも厳しいと評判の、生まれの高貴さに胡坐をかかずに愚直に真面目に仕事に打ち込む仕事人間。  王族の身辺警護を一手に任されている朱雀班の班長、先の大戦の英雄であり王族に近しい血筋であるドゥランダル侯爵家の三男坊。  宮廷魔導師のうち【爆焔の魔導士】の名前をとったバリアン・メラ・ドゥランダルだった。
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