1杯目 紅茶の魔女はサボりたい

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 戦火を抜けたシュトラ王国が宮廷魔導師団を新規募集するという案内を見つけ、まんまと宮廷魔導師として出仕してからこのかた。  魔法大国シュトラの宮廷魔導師【紅茶の魔女】ことレミィ・プルルスには朝の楽しみがある。  ――他の宮廷魔導師たちが朝の集会や協議会に参加して、大変真面目に会議にいそしんでいる間、朝の日差しの中で優雅にティータイムを楽しむというものである。もちろん、朝礼も協議会も宮廷魔導師は原則全員参加である。  寝坊や遅刻などしようものならば、冷たい視線にさらされること請け合い――だが。 「いや~、もう諦められちゃってるもんは仕方ない。うん、全然仕方ないわ」  今朝の紅茶はレモングラスの香る爽やかな一杯。  昨日のお茶会を無事に切り抜けた自分へのご褒美である。おめでとう、自分。お疲れ、自分!  レミィは適温に保たれた紅茶の香りを楽しみながら、優雅に飲み干――そうとした。 「おはよう、レミィ! 昨日のお茶会は素晴らしかったわ!」 「ぶっ!」  季節を問わず咲き乱れる庭園の花々をバックにして、銀髪の少女が現れた。  美少女である。(レミィにとっては)神出鬼没のシュトラ王国の麗しきお姫様だ。 「レミィ、優しいのね。私のリクエストのあの素晴らしいキューカンバーのサンドイッチをちゃんと新メニューにしてくれるなんて! お父様もすごーく気に入ったっておっしゃってたわ!」 「えーと、あなたのお父様というのはつまり……国王陛下ですね?」 「そうよ、『ふむ、【紅茶の魔女】か。豊かな文化を示すにふさわしい人材だな』ですって!」 「あばばばば……」  窓際族として、優雅に給料泥棒をしつつのんべんだらりとサボり……ではなくティータイムをキメたいレミィにとっては大迷惑な話である。  というか、出世と功績挙げに必死な同僚や上司にこの悪目立ちをわけてあげたい。  ――というか、というか。  目の前のお姫様の圧が、普段より、強い気がする。  前のめりというか、なんというか……? 「こ、こほん。ステラ王女殿下? はい、これ今朝の紅茶です。お茶うけはレモングラスと喧嘩をしない、レモンピール入りのパウンドケーキ……」 「まぁ! 素敵だわ、とっても素敵だわー!」 「それ食べたら早く帰ってくださいよ? 毎朝毎朝毎朝毎朝言っていますけど、王女殿下と私は、王族と臣下ってやつですから。お友達じゃないんで――」 「そう、そのことなの!」  ティーカップ片手に、輝く笑顔のステラ。  強烈な嫌な予感に、向かいに座ってパウンドケーキをフォークでつついていたレミィは硬直する。 「な、なんです?」 「レミィと、お友達から始めたいと思うのよ!」 「はいぃい!?」 「ええ。私、あまりお友達というのがいたことがないから、今まで何も言わずに毎朝訪れて、レミィには迷惑をかけてしまったわ……って思っているのよ。だから、改めて言うのだわ――お友達になりましょう」  にっこり、と国宝級の笑顔をふりまく王女様は言った。「お友達になりましょう!」――と。 「そ、そんなこと――」  ダメに決まってるでしょ、と拒否しようとした瞬間、王女様の花のような可憐な笑顔がショボーーーーンとしぼんだ。  音を立ててしぼんだ。  ひぇっ!  レミィは慌てて取り繕う。 「だめ……とは限らないっ!!」 「まぁっ! じゃあ、これからも毎朝いっしょにお茶してくれます?」  笑顔、満開。  いやいやいや、毎朝はちょっと……。 「それはキツいっていうか、ご遠慮――」」 「……(しょぼん)」 「――ご遠慮して欲しいと思わ……ないかもしれない!!」 「うふふ、ありがとう。レミィ、これから毎朝が楽しみになるわ」 「はぁ、はぁ……」  なんだか消耗した……いや、でも。  ちらり、とレミィは目の前で優雅にティーカップを傾けている王女様を見る。 「とっても美味しいお紅茶ね。ケーキも……私、とっても楽しいわ!」  ――うん。  平和な庭園で、平和なお茶会。  柔らかな笑顔をふりまく、その身で戦乱を知らずに育った少女。 「……そりゃ、よかった」  戦乱の業火の鎮まった世界で、のんべんだらりと窓際族の宮廷魔導師なんぞが得るには――なかなかどうして、良い報酬だ。  レミィはそう思いなおして、自分も紅茶を味わった。    * * *  午前のダンスのレッスンが始まっちゃう、と急いで庭園をあとにしたステラのカップを片付けていると。 「ステラ王女と仲良しさんね、レミィ」 「げっ、アリシア」 「んふふ、実は私も今日は朝礼さぼってレミィとお茶しちゃおって思ってたんだけど、なんか出にくくなっちゃった」 「別に、出てくればいいだろう。ここは【庭園の聖女】であるアリシアの領分なんだから」 「だってすごく楽しそうだったんだもの」 「楽しいわけあるか」 「もう、妬けちゃうなぁ」 「へぇ?」  執務室に戻って、もしも「皆さんが朝礼で居眠りを我慢している間、私はステラ王女と朝ティーしておりました」と正直に報告すれば、おそらく憤怒で卒倒する同僚もいるだろう。いわゆる、出世欲マシマシマンたちだ。  けれど、アリシアは違うだろう。  なぜなら、レミィとアリシアは【窓際族同盟】――出世に無縁の宮廷魔導師団の鼻つまみ者として、のんべんだらりと生きようという非常に崇高な志を共にする相棒だ。  その彼女が、一体何に嫉妬するというのか? 「妬けちゃうって、どっちに?」 「内緒」  スラリとした長身をフリルとレースと刺繍たっぷりの白いローブで飾った【庭園の聖女】は、そっと人差し指を唇につけた。 「……意味わかんないし」  黒いメイド服の【紅茶の魔女】は、戸惑いながら職場――宮廷魔導師団の4つの部署のうちのひとつ、レミィの所属する青龍班の執務室へと足早に向かった。  今日はお茶会の開催予定がないので、通常業務に入らないといけないのだ。 「がんばってね、レミィ。あんまり目立ったサボり方(・・・・・・・・)しちゃ駄目よ?」 「えー」 「泥棒は嘘つきの始まりってね」 「逆、逆! って、泥棒って失礼な」 「給料泥棒でしょ、お互いに」 「ぐぅの音も出ないけど、給料泥棒なら仕方ない! ……ま、そっちこそ、その大胆な嘘がいつまで続くか見ものだな」  能ある鷹は爪隠す。  爪もたまには見せなさい、というのがアリシアの意図なのだろう。  あーあ、面倒くさい。 「私らが爪出さなきゃいけない世の中はもう終わったじゃん?」  ぶつぶつ、と文句を言いつつ執務室へと向かう。  さあ、今日ものんびり皆さんのお茶くみをしましょうか、とレミィは伸びをする。  がらり、と執務室のドアをあけ放って、朝の挨拶。 「おっはよーございまーす。紅茶を美味しく淹れられるだけの【紅茶の魔女】、出勤いたしましたー」  さて。  今日も窓際族をまっとうしますか。    * * *  ――ちなみに。 「あああーー⁉ ステラ王女殿下、このような場所にいらっしゃるのはいかがなものかと思いますわ⁉」 「あら。王城内の見回りだって王族の務めだわ。というか、職場見学というものよ、レミィ?」  数時間後、ダンスレッスンが終わったというステラ王女殿下直々のおなりに、第一執務室が大騒ぎになるとは、朝一番のレミィは予測してはいなかった。  その日を境に神出鬼没のお姫様が朝のお茶会の他にもやたらとレミィに構ってくるようになることも、レミィはまだ知らないのである!
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