2杯目 庭園の聖女と秘密の相談

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2杯目 庭園の聖女と秘密の相談

「よーし、午後も紅茶でサボるぞー!」  ある日。  窓際宮廷魔導師【紅茶の魔女】ことレミィが昼休み明けの執務室に戻ると、レミィが所属する青龍班の作業場である第一執務室の前に大きな人だかりができていた。  その人だかりを目にすると、レミィはギクリと身構える。 (げっ、もしやまたじゃじゃ馬姫が……⁉)  どういうわけか、レミィはこの魔法大国シュトラの第一王女であるステラ・ミラ・エスタシオに大変に慕われている。  その慕われっぷりといえば、ちょっとした騒ぎが巻き起こるほどだ。  王女殿下が王宮内で受けている様々な学問とレッスンの合間に、宮廷魔導師団の勤めている執務室フロアに出没するのだ。  普段は王族と直接かかわるなど考えられない役職を持たない下々の宮廷魔導師や、あるいは補佐官たちは毎回新鮮に仰天している。 「いかんなー……あまり注目を浴びると、そっと執務室から脱出して紅茶をキメるのが難しくなってしまう……」  レミィ、レミィと名前で呼んでくる王女殿下には頭が痛い。  平和平穏窓際バンザイ、なるべく仕事を任されず最低限のお給金をいただいて悪目立ちをせずに過ごしたいレミィである。  そんな、王族の方にお声かけいただくなんて恐れ多い、もとい面倒くさいです――という気持ちなのだけれど。  人混みの中心では、騎士様と見まごうばかりの凛々しい装束を身に着けた男が立っていた。  赤みがかった髪は丁寧に刈り込まれ、ピンと伸びた背筋は男の体幹の強さと育ちの良さを表している。  スラリとした眉毛、切れ長の目、形のいい鼻とピッと引き結ばれた薄い唇。  イケメン。  街を歩けば娘たちがザワつくであろう容姿を持った彼には見覚えがある。 (げっ、【爆焔の魔導士】!)  王族の身辺警護を一手に任されている朱雀班の班長、先の大戦の英雄であり王族に近しい血筋であるドゥランダル侯爵家の三男坊。  宮廷魔導師のうち【爆焔の魔導士】の名前をとったバリアン・メラ・ドゥランダルだった。  自分にも他人にも厳しいと評判の、生まれの高貴さに胡坐をかかずに愚直に真面目に仕事に打ち込むシゴトニンゲン。つまり――レミィにとっては、王族と同じくらいに関わりたくない人種である。  よし、遠巻きにして様子を見よう。  レミィがそう心に決めた瞬間であった。 「頼もう! 【紅茶の魔女】はいるか!!」 「ぎぇっ⁉」  踏みつぶされた蛙のような声が出た。  なんてこった、なんて日だ。  レミィはだらだらと冷や汗が流れるのを感じた。 (今あの人、【紅茶の魔女】って呼びました? 呼びましたよね。【紅茶の魔女】って、私のことですよね?)    いやだーーー! と叫び出すのをどうにかこらえて、そーっとその場を立ち去ろうとする。  聞かなかったことにしよう、見なかったことにしよう。それがいい。 「おい、どこにいくんだ。レミィ・プルルス! 【爆焔の魔導士】が呼んでいるぞ」 「げっ、班長……!」  振り向くとそこには、レミィの所属する青龍班の班長。  宮廷魔導師、【鋼鉄の魔術師】ダムが立っていた。その名の通り、大変なカタブツの鉄仮面。  そして、根性万歳残業ニンゲンである。  ある意味、【爆焔の魔導士】バリアンと同類だ。 「そこにいるのか、【紅茶の魔女】!」 「は、はい……」  バリアンの黒い瞳がレミィを射抜く。  あ、これ逃げられないやつね――と、レミィは悟った。  うん、仕方ない。  ちょっと人道的じゃあないけれど――あの手(・・・)でいくしかないだろう。 「あ、えーと……立ち話もなんなので、紅茶でも飲みながら(・・・・・・・・・)お話しませんか?」  と、レミィは第一執務室の脇にある応接室のドアを指さしてギコちなく微笑む。  レミィに向けられる【爆焔の魔導士】の視線は――どこからどう見ても、怒っている人のそれであった。 「茶、だと……? ふざけるなッ!」 「ええ、私は【紅茶の魔女】――美味しい紅茶を淹れられる固有魔法だけが取り柄の、しがない宮廷魔導師ですので」  レミィが腰のベルトから吊り下げている茶筒を掲げてにへっと笑うと、少し考えてからバリアンは「まあ、いいだろう」と頷いた。  茶筒からは、ほのかに良い香りがただよっていた。    * * * 「こちら、本日の特製ブレンドティーでございます」  レミィがほわほわと湯気を立てるティーカップを、ことりとバリアンの目の前に置く。  しかめつらのままで、バリアンは首を傾げる。 「おい、【紅茶の魔女】。この紅茶、甘い匂いがするぞ。俺は茶に砂糖などは入れない主義だ」 「ああ、砂糖など入っておりませんよ。これは――ラベンダーの香りです」 「ラベンダー?」 「ええ。便宜上は紅茶(ティー)と呼んでいますが、この紅茶はお茶の葉っぱは使っていないのです。【庭園の聖女】に場所を借りて城の片隅でつくっている薬草――ハーブを煮出したお茶でございます」 「ふむ……なるほどな。香りがいい。【紅茶の魔女】という名は伊達ではないわけだ」  よし、しめしめ。  レミィはほくそ笑む。  さっきまで今にも掴みかかってきそうな勢いだった【爆焔の魔導士】がトーンダウンしている。 「とりわけこの薬草、ラベンダーは香りがよいと評判で――」  そして。  ラベンダーには『鎮静作用』があるのだ。  その甘くやわらかな香りは心の昂ぶりを沈め、気持ちを柔らかにし、安眠を促す作用もあるとされている。  さらには、バリアンの前に置かれたラベンダーティは、レミィの魔法によりその効果が高められているのだ! 「なるほど……ふむ、味もいいな」  ほぅ、とバリアンは満足げな溜息をもらす。  完全に、レミィの術中にはまっていることに――本人も気づけない。 (よかった~~~~、怒られずに済んだ!! 目立たずサボって怒られず、が宮廷魔導師団【窓際族同盟】の掟だからね……いま決めたけど!)  レミィはホッと胸を撫でおろす。  本当は、人間の心を操るという魔導師の間では禁忌とされている術に限りなく近いこの【強化薬草茶(エンチャントハーブティ)】は使いたくないのだけれど。  まあ、あくまで、お茶の効果なので。  ――レミィはそう言い訳しながら、自分のティーカップにも口をつけた。 「お茶菓子もどうぞ」 「うむ、すまないな」 「いえいえ、お茶の時間が長ければ仕事する時間も減りますので」 「何か言ったか?」 「あ、いや、何でもないです」  第一執務室には、肉体疲労をなくし集中力を高める効果のある【強化魔法紅茶(エンチャントティー)】がポット一杯に入っている。  近頃は業務効率も格段に上がり、残業もほとんどなくなってきている青龍班である。  いつも残業していた新米補佐官君もかなり執務の腕を上げてきたようで、おかげで近々行われる宮廷魔導師団の追加募集に応募できそうだとか言っていた。  うんうん、残業がないのはいいことだ。  私の分までみんな頑張って仕事してくれよ……と、レミィはそう願っている。  実のところ、レミィの紅茶による効果が業務効率アップに大きく影響しているのだが――レミィは特に、気づいていない。  バリアンは、ほーぅと長い溜息をついて、本題らしきものを切り出した。 「うーむ、本当に紅茶も茶菓子も一級品だな。これはステラ様が夢中になるのも頷ける」 「へっ⁉」 「実のところを言うと、ステラ第一王女殿下のことで文句を言いに来たんだ」 「は、はぁ……文句ですか」 「あぁ。聞くところによると、毎朝ステラ様は【紅茶の魔女】のもとを訪れているというではないか。しかも最近では、ステラ様が青龍班の執務室にも顔を出していると聞いた……その、王族の警護を仰せつかっているものとしては看過できないと思ってな。いや、個人的な感情は抜きで、だ。あくまで公務として、ステラ様を心配している」 「はあ、すみません。私がお呼びしているわけではないのですが……」 「だが理由は分かった。この紅茶の旨さを知ってしまっては、ステラ様もお前ごときのところに足を運んでしまうのも分からなくもない」  うむ、うむと頷くバリアン。  ついに来たか……と、日々のステラ王女殿下の襲来を恨めしく思うレミィ。 「おい、【紅茶の魔女】」 「はい、なんでしょー……」 「お前からも、しっかりとステラ様に上申してほしい。ご自分の立場をよくわきまえていただけるように――な」 「はい……」  いや、いつも言ってるんですけどね。  はぁ~とレミィはため息をついた。 「俺からはそれだけだ。午後の執務が詰まっているだろうに、邪魔をしたな」 「いえいえ、もともと仕事はしたくないので」 「何か言ったか?」 「なんでもないでーす」  去っていく【爆焔の魔導士】にひらひらと手を振って見送ってやる。  周囲の女性補佐官や女官たちが、キラキラしい声で囁きあっている。  格好いいだの、二人きりで話なんて羨ましいだの。  はぁ、なるほど。おモテになるんだなぁ……とレミィはしみじみと感心した。  ステラにも今日のことをちゃんと言い聞かせねばなるまい。  ああいう目立つ出世頭とは、なるべく関わらないでおきたいところだ。  しかし。  わざわざ振り返って話しかけて来たバリアンから、衝撃的な発言が飛び出した。 「おい、【紅茶の魔女】」 「はいはい、なんでしょう!」 「お前、名前はなんといったか?」 「レミィです、レミィ・プルルス!」  そんなこといいから、とっとと帰れよ――という言葉を飲み込んで返答する。  というか、こっちの名前も知らないで怒鳴り込んできたのか、この男は。 「そうか、レミィ。今日の茶は本当に旨かった。それに……俺も色々と考えねばならんことが多くてな、近頃は頭痛も酷かったのだがあの薬草茶(ハーブティ)を飲んだら頭痛や肩こりがだいぶ楽になった気がする」 「はぁ、それはよかったです」  ラベンダーティーには、リラックス作用の他にも身体の巡りを整える効果がある。  レミィの魔法によって強化されたその薬効は、ずいぶんと効いたのだろう。  たしかに、青筋を立てて怒鳴り込んできていた先ほどよりも、ずいぶんと顔色がいい……ように見える。 「今後も気が向いたら飲みに来ようと思うので、そのときはよろしく」 「来なくていいですっ!!」    また、厄介ごとが増えた気がする!!  レミィは、はわわ……と頭を抱えた。  背後で誰かがぽつり、と呟く。 「まぁ……バリアン様に名前を覚えてもらうなんて、うらやましいわ……♡」  じゃあ、あなたと代わってあげたいです!!  ――と、レミィは心の底からそう思った。
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