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「……というわけで、私に付きまとうのは勘弁してくれませんか!」
魔法大国シュトラ城、王城。
朝の庭園に、宮廷魔導師【紅茶の魔女】レミィ・プルルスの悲痛な叫びが響いた。
色とりどりの花に囲まれた庭園に設えられた丸テーブルには、カップ&ソーサー。
なみなみと注がれている紅茶はミルクと砂糖をたっぷり投入した、濃いめの紅茶である。
濃厚な味わいの茶葉を濃いめに煮出したものである。
同じく濃ゆいミルクと砂糖をたっぷりと入れるのに適した一品だ。
執務室の連中は、「紅茶はストレートに限る」と通ぶる人間が多いので、この茶葉は使わないけれど――レミィのお気に入りのミルクティーのレシピである。
水の温度や対流、茶葉の発酵具合を自由自在に操って「紅茶を美味しく淹れられる」という固有魔法を有しているレミィだけれど、彼女自身が紅茶が好きでレシピや新しい飲み方の研究に余念がない。
レミィの目の前に座っている銀髪の少女――シュトラ王国第一王女ステラ・ミラ・エスタシオはきょとんとした表情でレミィを見つめている。
「ステラ王女殿下、私はこの通り紅茶を美味しく淹れることしかできない弱っちい魔導師なのです――【爆焔の魔導士】なんていう地位も家柄も能力もつよつよの魔導士様に目をつけられると、今後の出世に響くというか」
「出世したいの?」
「逆です! 永遠にヒラ宮廷魔導師としてお給金をいただきたい! なるべく目立たず、なるべくサボって生きていきたいわけでして、出世に見せかけた左遷で忙しい部署に飛ばされても困るというか!」
「相変わらず正直ね、レミィったら」
レミィの反応に、ステラはおかしそうにクスクスと肩を揺らす。
そうして、はたりと動きを止めて紅茶のカップを見つめた。
「それにしても、そう……バリアンが」
バリアン。
レミィの勤める第一執務室にわざわざやってきて、「ステラ王女に近づくな、王族の警備を担当している身としては困る」とくぎを刺してきた男。
先の大戦で武勲をあげた貴族の出身であり、自身も【爆焔の魔導士】の異名をとる宮廷魔導師である。
仕事人間の、出世頭。
敵対も迎合も絶対にしたくない人種なのだ。
――それにしても。
ステラは、いま「バリアン」と言ったか。
レミィは少し不思議に思う。
宮廷魔導師団といっても、基本的には王城と国を円滑に運営するための縁の下の力持ち――雑用集団、兼研究集団といった感じだ。
ステラのように、たかが一人の宮廷魔導師を名前で呼ぶということは稀だ――そのための固有魔法や業績に応じた二つ名があるようなものなのだから。
「うーん……レミィの迷惑になってしまうとしたら私としても本意ではないのだけれど、でも――」
「でも?」
「そのわりに、今日もお茶もお菓子も二人分用意してくれているんだもの。来ないともったいないというか」
「い、いや! 今日はこの大事な話をするためにですね?」
「ちなみに、このスコーンとっても美味しいわ! なんだか素敵な香りがするの」
「ああ、それはスコーンの中に紅茶の茶葉を練りこみまして」
「まぁ! 紅茶で紅茶を飲んでいるのね、私たち!」
「スコーンには香りのいいベルガモット入りの茶葉を使っていて、今お飲みになっているのはミルクティー用に濃くてこっくりした味わいで、かつすぅっと後味がひくウバという茶葉を使った紅茶ですね。朝に飲むとちょっと目が覚めるので、重宝しています」
「すごいわ! ああ、こんな美味しい朝のお紅茶がいただけなくなるなんて……私耐えられるかしら……」
「し、しまった!」
「でも、そうね。目立つのがいけないというのであれば、執務室に遊びに行かないなら――朝のお茶会には来てもいいかしら?」
「それは――」
ふむ、それは確かに一理ある。
この朝のお茶会については、宮廷魔導師たちが朝礼と協議会で一生懸命働いているあいだにレミィが悠々とサボりをしているものだ。
つまり、【爆焔の魔導士】であるバリアン・メラ・ドゥランダルも協議会に出席中――つまり、あまり見とがめられる可能性がないということだ。
一瞬、レミィが言いよどんだ隙に、ステラが身を乗り出してくる。
キラキラと綺羅星の散っているような瞳に見つめられると、レミィとしては「うっ!」と反論が止まってしまう。
思えば、年下の女の子とこうして親密に話をするなんてことは今までのレミィの人生ではなかった経験だ。
レミィの人生は、幼いころから――紅色に彩られていた。
「残念だけれど、執務室に遊びに行くのは控えるわ――ただし」
「た、ただし?」
「……私とデートしてくださいな?」
「はっ⁉⁉」
デート。
……デート。
それは、親密な二人が親密にお出かけをするという、あのイベント。
戦乱期に生まれ育ったレミィの人生において、一度も経験のないデート!
「いや、そんなデートって……」
「今度、王都内の視察にでかけることになっているの。そこでデートしましょ。護衛には宮廷魔導師団から一人来てもらうことになっているから【紅茶の魔女】を指名するわ」
「はぁ~~⁉ いやいやいや、護衛ってその、私は紅茶しか淹れられないへっぽこ魔導師ですよ⁉ っていうか、王族の護衛は朱雀班の管轄ですから、私みたいな青龍班……事務と部署間調整の裏方部隊の魔導師がご一緒するのは無理でしょ、無理無理!」
「お忍びってわけじゃないから、騎士団も随行するもの。それに、私がお父様にお願いしたら、あなたの所属部署を朱雀班にするくらい――ワケないと思わない?」
「な、なな――っ⁉」
レミィは驚愕する。
この年下の王女様――強いっ!
押しが強いっ!!
「そういうわけで、執務室に行くのはもうやめるから安心してね。――それじゃ、楽しみにしているね。レミィとのデート!」
ばいばい、と手を振るステラの背中を茫然と眺めて――レミィは紅茶を飲み干した。
……美味しい。
* * *
「――って、いやいや! やっぱり無理でしょ、デートって!!」
宮廷魔導師団青龍班が使う第一執務室の片隅、みんなに飲ませる紅茶を淹れながらレミィは叫んだ。
現在はお昼休み直後。
メンバーたちが午後の執務の際に飲む紅茶を淹れている最中である。
「どうしたんですか、先輩」
「お……おお、ディルくん」
そんなレミィに声をかけてきたのは、若い男性補佐官だった。
正規の宮廷魔導師としては採用されなかったけれど、執務の補佐のために召し上げられた補佐官だ。
そのまま小間使いとして出仕を続けるものもいるし、不定期にかかる宮廷魔導師の追加募集に応募をして宮廷魔導師団入りを目指す者もいる。
この青龍班の補佐官ディルは、どうやら後者――宮廷魔導師を目指しているらしい。
というのも、近頃やたらとレミィになついてくるのだ。
いや、まあ、たしかに溜まりに溜まった書類仕事をこっそりと手伝ってあげたりもしたし、紅茶に【強化魔法】をこっそりかけて業務効率をアップさせてあげたこともあるけれど。
近頃ディルは、レミィのことを「先輩」と呼んで慕っている。
曰く、
「自分、次の宮廷魔導師登用を受けたいんです。自分の固有魔法は、なんというか、あんまりパッとしないんですが……先輩だって宮廷魔導師団に入ってるって思ったら、自分も頑張ろうって!」
「軽く失礼ですね、補佐官君?」
いや、まあ、確かに自分が「紅茶を美味しく淹れる」という非常に尖った性能……もとい、パッとしない固有魔法をもっているわけだけれど。
ディルは最近、めきめきと執務の腕を上げている。
特に書類の整理や数字の精査といった細かい作業が得意なようで、早々に自分の仕事を片付けてしまっては周囲の(主にレミィの)抱えている書類を奪って処理をしてくれている。
その働きには、青龍班班長の【鋼鉄の魔導師】ダムも大いに認めているところである。
「先輩のおかげですよ、これも!」
「はぁ。私はなんにもしてないけどね……ほい、午後のお茶」
「ありがとうございます! わ、今日のお茶は……すぅっとする香りですね」
「今日は紅茶じゃなくて薬草茶だね。ペパーミントとレモンバーム。週の終わりだし、今日の食堂のランチは豪華お肉セットだったでしょ。お腹いっぱいで眠くなるといけないからね」
「さすが先輩です……もしかして、いつもそんなところまで考えて紅茶を淹れてくれてたんですか?」
「戦況を読むのは基本中の基本だからね」
「戦況っすか」
はぁ~、とディルは感心しきったような様子で次々とカップをお茶で満たしていくレミィの手元をじっと見ている。
お盆を手に持っているところを見ると、どうやらお茶の配膳を手伝ってくれるようだ。
お茶を配りまわるのはけっこう手間だったので、助かる。
お盆にカップを乗せながら、そういえば、とレミィは尋ねる。
「補佐官君。キミの固有魔法って何なの?」
「あー……子守唄っす」
「子守唄?」
「はい、自分の歌声が固有魔法で……『眠れ』って思いながら歌うと、どんなに泣いてる赤ちゃんもすぐ寝ちゃうんすよ」
「立派な固有魔法じゃないか」
「そうっすかね、俺の声が聞こえる範囲しか届かないし……ぶっちゃけ、子守りくらいにしか役に立たなくないっすか?」
「私にはよくわからんけど、世の中のお母さんたちが死ぬほど欲しがってる魔法だと思うけどね」
「でも、それで宮廷魔導師団に入れるんすかね……」
「キミには頭があるでしょ。考えな。どんな能力も、ようは頭の使いようさ」
「それって、どういう……?」
「それは自分で考える!」
最後のひとつのカップをお盆に乗せると、レミィは補佐官ディルの背中をポンと叩く。
「ほら、行った行った! お代わりは私のデスクに置いてあるからね!」
「あ、先輩まーたサボりっすか?」
「サボりじゃないわ」
にやり、とレミィは胸をはる。
「より美味しい紅茶の自主研究……ってね!」
じゃね、とヒラヒラ手を振ってレミィは第一執務室から飛び出した。
(しかし……デート。デートねぇ……)
ステラからの衝撃的な条件に、どう対応しようかと考えながら――薔薇と百合の咲き乱れる美しい庭園に向かう。
庭園の迷路の端にある小さな広間は、あらゆる場所からの死角になっている絶好のサボりスポットである。
まあ、【庭園の聖女】アリシアの領域なので彼女からは隠れられないが……まぁ、サボりと反出世主義を掲げる【窓際族同盟】の爪を隠した鷹仲間なので無問題だろう。
お楽しみの、午後のサボりタイムである。
――さて。
今日の紅茶は、何にしよう。
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