3杯目 王女殿下のお気に入り~イケメン宮廷魔導師、襲来(帰ってくれ)~

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3杯目 王女殿下のお気に入り~イケメン宮廷魔導師、襲来(帰ってくれ)~

「んぬぁなにぃ! レミィ・プルルスがステラ王女殿下の付き人だと⁉」  怒りと嫌悪感を滲ませた声が第一執務室に響いた。  声の主は、宮廷魔導師団の中で国家や宮廷にかかわる決済や事務処理を主に担っている青龍班の班長、【鋼鉄の魔導師】ダムである。  その手に持っているのは、ステラ・ミラ・エスタシオ王女殿下からの直々の人事要請書だった。  内容は、「次回の城下視察において、青龍班所属の宮廷魔導師レミィ・プルルスをステラ王女の護衛として随伴することを希望する」というものだ。  本来であれば、王族の護衛は朱雀班に所属する魔導師の務めであるが――王族直々の指名を無下にすることは、難しい。 「おい、レミィ・プルルス! これはどういうことだ!」 「どういうことって言われましても、王女殿下がお望みなら仕方ないっすねー」 「ぐうの音も出ないところが腹立たしいな! なぜお前のような執務に対して不真面目な役立たずが選抜されるのだ……」  ダムは、ブツブツと言いつつも決裁書類にハンコを押す。  それと同時に、手近にいた補佐官を呼びつけて「朱雀班への根回しをしたい。メンツをつぶすことにもなりかねんからな」といくつかのメモを補佐官に渡した。  補佐官はすぐに青龍班の使用している第一執務室から出ていった。  おそらく、朱雀班の数少ない事務方が勤務している第二執務室に出かけて行ったのだろう。  魔法大国シュトラの誇る宮廷魔導師団は主に四つの部署に分かれている。  王族の身辺の護衛やシュトラ王城警護を担う、総合的な攻撃や防御の固有魔法に秀でた魔導師たちが集まる朱雀班。  三つの大陸の継ぎ目に位置するシュトラ王国の国境防衛と侵攻作戦を担う、大規模な攻防戦と練兵に秀でた白虎班。  所属する個々人の固有魔法の強力さによらず、一般人に使用可能な魔導器具や兵器の研究開発を担っている玄武班。  宮廷が有する資材・人材の配置や事務作業を通して最終的な王族の意思決定をサポートする官僚集団である青龍班。  有事の際には、他部署への人材の派遣も行うため、専門的な固有魔法を有している人材以外は比較的オールラウンダーが所属している傾向が強い。  地味な部署であり、かつ、王族の意思決定に介入することも可能であるため、目立たずに絶大な権力を有しているのが青龍班の特徴である。  ちなみに、青龍班はいわゆる人事部として機能しているため、お茶会の取り仕切りを担う【紅茶の魔女】や王城の庭園の管理を担う【庭園の聖女】などはこの青龍班に所属している。【紅茶の魔女】レミィは「茶会が催されていないときにはヒマであろう」という判断で一般の執務に駆り出されているわけだ。  その点、【庭園の聖女】であるアリシアは、 「庭園というのは日々の手入れが一番大事ですので、基本的には庭園での勤務にいたしますわ~」  という微笑でもって書類地獄からとっとと逃げていったのである。  ずるい! ……まぁ、そのおかげでレミィもサボる場所を得られたという面もあるわけだけれど。 (それにしても……あの【爆焔の魔導師】が、ステラ王女に求婚ねぇ)  【爆焔の魔導師】、バリアン・メラ・ドゥランダルは優秀で、血筋もそれはよろしいエリートである。  それがステラ王女に求婚するという話がでているということは、それはほぼ根回しも完了し、国王陛下も彼らの結婚を了承しているということなのだろう。  けれど、ステラ本人の気持ちは……?  ステラは相変わらず、毎日紅茶を飲みに庭園にやってくる。  はじめは、貴重なサボりタイムを邪魔をされているという認識だったレミィだが――今は違う。  ステラとの時間は、レミィにとって少しは楽しいひとときだったりもする。  そして、レミィが知っている限りステラは――あの少女は、まだまだ少女時代を続けるべきだ。  王族として、大人として、うんと年上の男との婚姻を受け入れるステラの姿を想像すると、なぜだかレミィの胸はじぐじぐと痛む。  あの銀髪と菫色の瞳に、いつのまにかレミィは惹かれていた。  自覚するのは恥ずかしいけれど――とにかく。 (まぁ、まずはステラ姫に聞いてみないと分からないな)  ステラ王女殿下が城下をお忍びで見て回るのは、三日後だ。  そのときの、ステラの言葉を借りれば「デート」のときに、ステラ自身の気持ちを聞いてみたい。  聞いたからといってレミィに何かできるのかといえば、答えは否だ。  けれども、毎朝ステラとお茶を飲む間柄。  少しの愚痴くらいは聞いてあげたい。  温かい紅茶を片手に胸の内を吐き出すことは、きっと王族として周囲の期待を背負って生きているステラにとっては大切なことだから。 「おい、レミィ・プルルス。任命証だ! 青龍班の名を汚さないように真面目にふるまえよ!」 「あ、はーい。ありがとーございまっす、班長」  生返事をして、日付と任務内容の詳細が書いてある任命証を受け取る。  シュトラ王国第一王女ステラ・ミラ・エスタシオの護衛を命じる――と。 「先輩、すごいですね……!」 「ん? おお、ディル君。すごいって、何が?」  すかさず声をかけて着たのは、宮廷魔導師補佐官のディルだった。  近頃、レミィにずいぶんと懐いているようでよく話しかけてくるのと、執務室のメンバーに紅茶を配る手伝いなどもしてくれる。  いわゆる、ワンコ系の後輩である――と、レミィは思っている。 「いやいや、王女殿下からの直接のご指名ですよ! お茶会の取り仕切りが先輩の仕事なのに、こんな全然別の公務にご指名がかかるなんて、よっぽど信頼されてるんすね……正直、自分すっごい興奮してます!」 「ディル君が興奮してどうするのさ。まぁ。信頼……か」  信頼――。  ステラから向けられている感情がそう呼ばれるものだとしたら、嬉しい。 「先輩、やっぱり顔が広いっすよね。お茶会担当っていうのもあるかもしれないっすけど……」 「そう? 自分としてはそうは思わないけど」  むしろ、快適な窓際族としての平魔導師生活に邪魔になるエラい人とのコンタクトはなるべくとらないようにしているはずだけど。 「だって、ほら……俺たちの憧れの【庭園の聖女】、アリシアさんとも知り合いじゃないっすか!」 「あー、アリシアは腐れ縁だよ。出仕する前からの顔見知り」 「そうなんですか! アリシアさんといえば、若手の補佐官にも優しくって、いい匂いがして、美人で……俺たちのアイドルですよ」 「お、おう」  レミィは迷う。  アリシアはそういうんじゃないと思う、という真実を……というか、アリシアの本性(・・)を告げておいた方が親切かもしれない。  ただ、アリシアはこの場所では――。  そんなことを考えていると、キビキビとしたノック音が第一執務室に響いた。 「入ります! 朱雀班から参りました、補佐官のジェムであります!」  よく通る声に振り返ると。  スラリとした肢体に朱雀班の一般衛兵隊服を隙なく身にまとい、一点の濁りもない金髪を結い上げた若手補佐官の姿があった。  軍帽から覗く顔立ちは、とお目で見ても整っている。  なかなかに見目麗しい男性である――ように見えるだろう。 (って、噂をすれば――)  朱雀班の補佐官と名乗った男は、ちらりとレミィに視線をやると、そうとはわからない微かな笑みを浮かべた。  そして、背筋をピシと伸ばすと。 「第五資料室から第七資料室の鍵を受け取りに参りましたッ!」 「む。資料室の鍵……というと城内保安検査か? 今日はそんな予定があったか……?」  いぶかしむダムに向かって、補佐官は敬礼をする。 「明日のステラ王女殿下の城下視察のため、城下の地図と人口分布資料の再確認が必要になりました!」 「そういうことか。なるほど……」  ダムが頷く。  それと同時に、レミィは青龍班が保管するシュトラ城内の鍵束の中から三本を取り出して、朱雀班の補佐官に歩み寄る。 「はいよ、これが鍵。返却はすみやかにおねがいしまーす」 「ありがとうございます、【紅茶の魔女】殿!」  麗しき金髪の補佐官の耳に、レミィはそっと唇を寄せて囁く。 「……おい、なにしてるの。アリシア(・・・・)」  その囁きに、補佐官――否、【庭園の聖女】アリシアは囁き返す。 「ちょっと秘密裏に調べごとがしたくて、ね。心配しないで」 「なら、いいけどさ」  短いやりとりは、誰にも聞かれずに終わる。  鍵を受け取ったアリシアは、また礼儀正しいしぐさでもって第一執務室から去っていった。  突然にやってきた、見慣れない麗人に少しざわつく第一執務室に響く声でレミィは告げる。 「さーて、皆さん。紅茶のおかわりはいかがですかー。なんと今なら、レミィ特製お茶うけのレモンマドレーヌつき!」  その言葉に、執務室から次々に手が上がる。  レミィの淹れた紅茶とお菓子の旨さは本物で、さらには不思議と執務の効率が上がるというので、青龍班の人間であればその魅力には逆らえない。  少しすると、紅茶のカップ片手に無言で執務にはげむいつもの光景が戻ってきた。    * * *  第五資料室。  いくつもの資料を広げたまま、アリシアは「ふぅん」と唸る。  その手には、すっかりアリシアに懐いてしまったトビネズミ――王城の庭園に放たれていた、小さく愛らしい軍用動物がすっぽりと収まり、アリシアのしなやかな指に撫でてもらって目を細めている。トビネズミたちがぷぅぷぅと愛らしく鳴く声に、アリシアは「しーっ、静かにね♡」と囁きかける。  その声は、確かに【庭園の聖女】のものであるけれど――今の凛々しい軍服姿に相応しい、わずかな低さがにじんでいる。  宮廷魔導師団のアイドルと呼ばれている【庭園の聖女】、アリシア。  麗しい美人。 「――うん、やっぱりね。この宮廷に……というか、宮廷魔導師団にひとり、スパイ(ねずみ)が紛れ込んでいるわね?」  形の良い唇の両端をうっすらと釣り上げて、アリシア―――否。  かつての戦役において、シュトラ王国側の防衛戦線の要所を中心に、爆発的に繁殖する植物と毒草を用いた敵地制圧で圧倒的な戦果を残したにも拘らず。  所属不明。  年齢不明。  本名不明。  ――性別、不詳。  伝説の職業軍人、ジェミニ・アリ=シャパは呟いた。 「これ、ちょっと面白いことになるかもね」  でも、と。  結い上げた金髪を撫で上げて、囁く。 「よわよわで平和を愛する【窓際族同盟】としては、しっかりこの芽は潰しておかないと――ね?」  ジェミニ・アリ=シャパが髪を解くと。  そこには、すでに朱雀班の麗しい補佐官の男はいなかった。  誰にもその正体を知られぬままに、綺麗なお花を咲かす以外に役に立たない宮廷魔導師として出仕している【庭園の聖女】。  美しき美女として名高いアリシアが、美しい微笑をたたえてトビネズミの空間転移能力を用いて――資料室から姿を消したところだった。
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