3杯目 王女殿下のお気に入り~イケメン宮廷魔導師、襲来(帰ってくれ)~

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「スパイ?」 「そ。それも、ちょっと過激派かもね?」  魔法大国シュトラ王国の王城に勤める宮廷魔導師団の【窓際族同盟】。  今日も今日とて朝礼と協議会への出席をボイコットしていた【紅茶の魔女】レミィと【庭園の聖女】アリシアは、庭園の片隅の丸テーブルをかこんで話し込んでいた。  明日に迫った、シュトラ王国第一王女ステラ・ミラ・エスタシオのお忍びでの城下視察の護衛……という名のデートに駆り出されるレミィにアリシアが忠告をしたい、というのでこうして二人で朝の薬草茶(ハーブティ)をすすっているわけである。 「トビネズミちゃん達がこの庭園に放たれていたのは、どうやら怖い人たちの出入りに使おうとしていたみたいなのよね~。で、おそらくそいつらは……国王陛下や王位継承権を持ったステラ王女殿下を狙ってる。ほら、これ。資料室でいくつか証拠を押さえたわ」  アリシアが取り出した資料の写しを見ると、たしかに不自然に改ざんされた数値や記述がみられる。  いずれも、人の出入りや護衛の配置に関する書類である。  こういった執務は、レミィの所属する青龍班の仕事だ。  班長のサインがしっかりと記されている書類は、承認がザルだったのか、あるいは承認された後に改ざんされたのか……。 「明日、ステラ王女殿下のお忍びの城下視察のほかにも宮廷魔導師団の中途採用試験があるでしょう。ちょっとイレギュラーなことが多い一日だから……ちょっと警戒した方がいいんじゃないかしら、ってね」 「ふむ、なるほどな。ありがと、アリシア。ちょっと注意するわ」 「ええ。窓際族を続けるには、勤め先には末永く平和でいてもらわないとね?」 「ああ。それに、護衛中にステラ王女に何かあったら窓際族どころか即解雇……悪くすれば即刻死刑とかもありえるしね。ぞっとしないわ」 「街中に出るとなると、襲撃に毒殺に――色々と頭が痛いわねぇ」  でも、とアリシアがうっとりと囁く。 「レミィが一緒だったら――ステラ王女殿下も安心ね?」  レミィは肩をすくめて、「さぁね」とすげなく返答する。  けれど、その頭の中では――少女を守りきるための方策を練り上げていた。    * * *  城下視察当日の朝、ステラはいつも通り朝の庭園にやってきた。 「おはよう、レミィ! 今日はとっても楽しみね!!」 「はいはい、おはよーございます。どうぞお座りください」  レミィは黒いメイド服のスカートのすそをつまんで、ぞんざいに挨拶をする。  王族に対して、あまりにも雑な扱い。  このいい意味でのそっけなさが、ステラをはじめ王侯貴族に結構ウケていることをレミィ本人は気づいていない。 「さぁ、紅茶はいかが、プリンセス?」 「ええ。いただくわ、私の【紅茶の魔女】」 「いやいや、あなたのではありませんけどっ!?」  丸テーブルにちょこんと座ると、ステラはキラキラとした瞳でレミィを見つめる。  今日のお茶はなんだろう、という期待に満ちた表情。 「ねえ、レミィ。今日はレモンティーがいただきたいのだけれど」 「おっと。今日は残念ながら、このお茶と決まっているのですよ」  レミィは言うやいなや、こぽぽぽぽ……と小気味の良い音を立ててティーカップにお茶を注ぎ入れる。 「これは……?」 「特製ハーブティです。さぁ、どうぞ召し上がれ」  ティーカップに口をつけたステラの表情は真剣で、お茶を味わおうという気持ちがあふれている。すべすべとした頬っぺたに銀髪がかかるのを指で押さえる仕草は、いたって優雅だ。  こくり、とステラの喉が上下する。 「……おいしい、けど不思議な味ね?」 「今日は、どちらかというとお茶(ティー)というよりも漢方薬(ハーバル・メディシン)に近いものですよ。薬効が強いぶん、ちょっと独特の風味がするかもしれませんねー。ほらでも、今日は城下にお出かけですからね、市場で買い食いもしたいでしょう?」 「ええ、すっごく楽しみだわ!」 「そうです、そのための今朝のお茶ですよステラ姫! ほら。王城育ちのお姫様が、城下の市場でお腹壊しても可哀想ですから」 「まぁっ」  ちょっと揶揄うような声色に、ステラは柔らかな頬をぷぅ~っと膨らませた。 「いじわるなんだからっ! ……でも、ありがとう」 「いーえー。これでも一応護衛ですからね。それに、今日のお忍び視察は、その――」  レミィは自分も薬草茶を啜りながら、ふぃっと視線をはずす。 「その、デート……なんでしょう? だったら、楽しく過ごさないと損ですからね」 「レミィ!」  ステラが、レミィの言葉に花がほころぶように笑う。  年がら年中、アリシアの固有魔法によって百合や薔薇の咲き乱れている庭園の中でも、いっとう綺麗な花だと――らしくないけれど、レミィは思った。 「ありがとう、レミィ。あなたは本当に優しいひとね」 「そーでもないっすよ」  さぁ、いきましょう。  お忍びとはいえ、豪族の身辺警護を担当する朱雀班の人員をともなっての城下視察である。  ほんの数刻の城下視察だけれど、事前に色々と打ち合わせや準備があるのだそうだ。  レミィが差し伸べた手を、ステラの柔らかな手がとる。  まるでダンスのお誘いをうける貴婦人のように、スカートのすそをつまんで立ちあがるステラの身のこなしはシュトラ王国第一王女という彼女の身分に相応しい優美さをたたえていた。    * * *  シュトラ王国の城下街は、城門から伸びるメインストリートを中心として東西に分かれている。  西の区域は戦乱期に乱立した闇市から発展した区画が多いためやや治安が悪く、娼館町やら阿片窟やらが存在する。  幼い王女殿下をお連れするわけにはいかない。    今回の視察は、東の区域のマーケットである。  正規のギルドに登録した商人たちが運営しているため、比較的治安もいい。 (……とはいえ、アリシアの情報が確かなら油断はならないんだけどね)  レミィは周囲の動きに気を配りながらマーケットを歩く。  ステラは珍しそうに店先に吊り下げられている骨付きの干し肉やら、薬草のブーケやら、甘く磨いた天然石の安いアクセサリーやらを眺めては目を輝かせている。  万が一にもはぐれないように、と手を繋いで歩く。  なんだか本当にデートみたいで、少し居心地が悪い。  レミィとステラを取り囲むように、町人にまぎれた朱雀班の宮廷魔導師たちが周囲を守っている。  守りは盤石、のはずだ。  ふいに、老婆が声をかけてくる。 「そこの美しい銀髪のお嬢さん、ひとつ林檎をいかがです?」  にこにことした笑い皺が刻まれた老婆の手には、つややかな林檎。  ふむ、とレミィは目を細める。 「まぁ、お代はお支払いしますわ。おばあさん」 「お代はけっこう。試食ですよ、お嬢さん」  笑顔の老婆は、ステラの手に林檎を押し付ける。  ステラの真珠のような歯が、林檎の赤い果実を齧り取る。  蜜があふれるような林檎のようで、良い香りがレミィの鼻腔をくすぐった。 「まぁ! とっても美味しいわ、親切なお婆さん!」  ステラがはしゃいだ声をあげた。  果実を丸かじりする、ということも新鮮な体験なのか頬を林檎のように赤らめて嬉しそうだ。 「……………? そ、それはよかったですよ、お嬢さん」  老婆はそう言って、店の奥への引っ込んでいった。  レミィは、見逃さなかった。 (ふーん、毒殺ねらい……か?)  ステラが笑顔でお礼を言った瞬間、老婆の目には困惑の色が浮かんでいた。  おそらくは林檎に毒でも塗っていたのか。 (こんなこともあろうかと、毒消しの漢方薬(ハーバル・メディシン)を飲んでおいてもらってよかったわ)  ステラの顔色に変化がないことを確認して、レミィはまた歩き出す。  レミィの毒消し茶の効果は抜群なようだ。  林檎自体は本当においしそうだし、食べ歩きというのもいいだろう。  先ほどの老婆の他に怪しい動きは周囲にないが――警戒は続けた方がよさそうだ。 「さて。どこかで昼食をとりますか?」 「ええ! いま城下ではどんなものが流行っているのかしらね」 「せっかくですから、私の知り合いのやっている店に行ってみます?」 「まぁ!」  レミィの提案に、ステラはいっそう目を輝かせる。 「それって、とってもデートっぽいわ!」 「そーですかね。じゃあ、マーケットでおいしそうなものを見繕って行きましょうか」  目指すは、レミィの古い知り合い――魔導書使いのミーシャの営む古書店である。
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