一章 セーラー服の幽霊

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「あ、神名君……」  神名君は私と同じ、文学部日本史学科の一回生だ。茶色に染められた髪には癖があり、それをキャップできゅっと押し込んでいる。整った顔立ちだが、やや丸顔なのと、二重まぶたの目が大きくて、かっこいいというよりも、可愛いという印象の男子だ。 「よく寝てたね。でもさ、ここ、図書館。いびきはまずいんじゃないかな」 「えっ!」  大きな声を上げかけて、慌てて口を押さえ、    「私、いびきかいてたの?」  ぼそぼそと神名君に問いかけると、神名君は「うん」と頷いた。 「一週間、寝てないのかってぐらい、豪快ないびきだった」 「うそぉ~……」  恥ずかしさで、穴があったら入りたい気持ちになる。思わず周囲を見回すと、何人かの学生が、真面目な顔で机に向かっているのが見えた。皆、文献を読んだり、パソコンを見たりと、作業をしているようだ。  私のほうを気にしている人はいなかったが、彼らにいびきを聞かれていたのかと思うといたたまれなくて、私は立ち上がると、トートバッグを肩にかけ、机の上に積んであった本を手に取った。 「それ、戻すの?」 「うん。早急にこの場から離れたい」 「手伝うよ」  神名君は、私の手から数冊の本を取り上げた。 「洛中洛外図屏風? 何のレポートを書こうとしていたの?」  本の表紙を眺めながら、神名君が問いかけてくる。 「橋と境界の概念について。一条戻橋って知ってる? 今は小さな橋だけど、洛中洛外図屏風に描かれているの。古来、一条戻橋には様々な伝説があって、当時の人々には、此岸と彼岸の境界としての強いイメージがあったんじゃないかと思って……」  日本史の棚へと向かいながら説明をしかけたが、声が響いてしまったので、私は口をつぐんだ。 「此岸と彼岸か。面白そう。今度、詳しく教えてよ」 「うん」  私たちは館内の静寂を邪魔しないように本を棚へ戻すと、図書館の外へ出た。
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