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残っていたシフォンケーキを切り分けていると、
「木崎さん、ありがとね」
背後から、神名君に声をかけられた。振り返ると、いつの間にか、神名君がダイドコに立っていて、土間にいる私を優しいまなざしで見下ろしていた。
「ありがとうって?」
なぜお礼を言われたのか分からず、首を傾げたら、
「こないだ、遥臣さんに感情がないって話をしただろ? だからなのか、遥臣さんは、食べることにも執着がないんだ。たぶん、おいしいとか、何が食べたいとか、そういうことを考えないんだと思う。――おかわりが食べたいなんて言うの、とてもとてもめずらしいことなんだよ」
と、教えてくれた。
「おいしい」が分からないなんて……。
神名君の話を聞き、切ない気持ちで、胸がぎゅっと痛くなった。
「ねえ、木崎さん。良かったら、またここに来て、遥臣さんのためにケーキを焼いてあげてくれないかな?」
そうしたら、いつか遥臣さんにも感情が戻る時が来るかもしれないから――。
神名君の願いが聞こえた気がして、私は微笑みながら「うん」と頷いた。
【了】
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