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「迎えに来るって、どうやって……どこに……」
俺が聞き返すと、左右に首を振る。
「ワシも見た事がない。でも、昔々に供え物を忘れたヤツが、消えたとか、おかしくなったいう話があったらしい。あの毎日供え物する時に言うあの言葉の、"今日もいりませんので"ってやつは、今日もお迎えはいりませんのでってことだ」
「消えたって……てか、なんでそんな話早く教えてくんねぇんだよ!」
「二十歳になったら教えるという決まりなんだ!決まりじゃなかったらとっくに教えてるさ!とにかくお前はこの部屋から出るな!ワシも母さんも一緒にいるし、廊下には爺さん婆さんが祈ってるから、とにかく動くな!分かったな!」
数珠でぐるぐる巻きにされたら動きようもなかったが、親父のすごい剣幕に圧倒されて、そのままじっとする。廊下から、爺ちゃん婆ちゃんのお経を唱える声、俺の両端の親父と母さんは数珠を握ってぶるぶると震えていた。
俺は"迎えに来る"と言われたその言葉が異様に怖かった。俺は目を閉じて"けもの様ごめんなさい"と何度も心の中で呟いた。
時間もどのくらい経ったのかわからない位、目を閉じて謝っていた。
でも、何も起こらない……と思い、ふと、目を開ける。
ギョッとした。
目の前に大きな犬のような顔がある。
俺は恐怖で息をヒュッと吸い込んだ。
背には鹿のような模様、4本のは足先には猿のような手がある。
尻尾は猫のように長い。
親父と母さんは、存在に何故か気が付いていない。
2人を呼ぼうと口を開けたが、全く声が出ない。
冷や汗がドッと流れた。
犬がハッハッと口で呼吸するように、そいつは口を開けた。
いや、そいつなんて言っちゃいけない。
これは、けもの様だとすぐ思った。
けもの様は、もっと口を開けた。かぱぁと音がした。
鮫の歯のように何列も歯があり、薄っぺらい舌が3枚、見えた。
ゾッとして体が固まる。
そして、けもの様は俺を色んな方向からジロジロとゆっくり見ると、猿の手で俺の体を引っ掴み、巻かれた数珠を引きちぎる。
珠がバラバラと床に弾け飛んだ。
そして。
「迎えに来たよぉ」としゃがれた声で喋った。
叫びたいのに声が出ない。
親父!母さん!
声を出そうとしても全く出ない。
けもの様が笑っている。
俺は恐怖で気を失った……
===
気がつくと。
俺は山にいた。
ここはどこだ?どこへ行けばいい?
俺の住んでいる近くには山なんてない。
近くじゃないことは確かだ。
呆然とする。
道がない。ひたすら木だ。
どうしたらいい?
とりあえず歩いてみたらいいか?
一歩踏み出すと、ガサガサと葉音がする。
ビクッと体を震わせると、木の間からけもの様が顔を出した。
「ひひひ」と笑っている。
「わああぁ!!」
俺は悲鳴を上げて逃げた。
方向なんて関係ない。逃げれるだけ逃げた。早く逃げて、家に帰るんだ!
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