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想像してほしい。
夏休みに入り、同じクラスの、どちらかと言えば好印象を持ってる男子に、学校外で声をかけられたら、ちょっとドキドキ混じりに「おっ?」となると思う。
下町情緒あふれる美味しいラーメン屋「きよみず」で、「その佇まい、山の如し超大盛りラーメン」をスープ含め完食した直後、「大田さん」と声をかけられた私は、ドキドキ以前にびっくりして「うおっ?!」となった。っていうか声に出した。
両親ともに大食いという環境や遺伝が当然のように働いて、兄と私は大食いである。
ガタイがいい、元柔道選手である、大食いの母に似た兄は、恵まれた体格を活かし、スポーツ推薦で入学した大学で、ラグビーをやっている。大学や寮の食堂で、チームメイトと共に、消費したカロリーを補給しまくる日々だそうだ。食堂で働く人々を尊敬すると同時に、大食いのライバルたる兄の食いっぷりを知るだけに、同情もする。
一方、会社員をしている、いわゆる痩せの大食いの父に似た私は、食べる量の割に平均的な体型をキープし続けられている。お年頃の娘としてはありがたい。感謝の意を表し、洗濯物分けて、とは言わないことにしている。
私は、家族以外にはこの大食いを秘密にし続けている。
発端は、小学校から始まった給食だった。入学前に引っ越したため、幼稚園からの友だちがいない状態でのスタートだったが、すぐに、席が近い子たちと仲良くなり、あんまり不安ではなかった。
手を合わせていただきますをした後、パットに残ったおかずの量と、初めてお盆に載った量を比較して、もう「おかわりできそう」などと考えていた。
しかし、いざ食べ終わって、さあおかわりの列へ! という時に、同じグループになったさやかちゃんが話しかけてきた。
「お腹いっぱいだね〜」
「えっ!?」
びっくりして固まっているうちに、やはり同じグループのひろみちゃんが同意し始める。
「ね〜。給食、女の子には多いかも」
衝撃を受けた私が、おかわり待ちのクラスメイトを見ると、男子しかいなかった。
ちなみに、転校生として新しいクラスにやってきた、当時四年生の兄は、最初の給食からおかわりをしまくったため、「大食い大将」の異名をとっていた。
幼稚園のころは、周りの子の倍はある弁当をニコニコしながら食べても、むしろ「すごい!」と言われたものだ。
小学生となると、周りは男女の差とかいうものを意識し始め、男女別で遊び、「太っちゃうからおやつは控えてるんだ〜」、「女なのにおかわりするのすげえな」などという、今思えばとるに足らない、その時は重要なことがまかり通り始めた。
そこから浮かないように、私も合わせることにした。
懸念は、学校中に名が広まった大食いの兄の妹であることだけだったが、「確かに私は大食い大将の妹ですが、私自身はごく普通の量しか食べませんよ」という態度を貫いていた。
ついでに、元凶の兄は「私も大食いなことバラしたら、これがどうなるか分かってるよね」と、兄の隠しおやつを人質に脅し、「妹は普通だよ〜」と広めさせた。
そんなふうにして、小、中学校を慎ましく過ごした。
高校から新たに持たせてもらっているお弁当も、「お願いだから普通のサイズにして」と土下座した成果もあり、友だちの持っているお弁当から浮いていない……はずだ。友だちとの買い食いも、ごく常識的な量に留めている。お腹はめちゃくちゃ空くけど、その分は放課後や休日に、家や、同級生の来ないであろう、賑わうショッピングセンターや駅前から遠い店で食べている。1年から2年に進級する間の春休みに見つけた「きよみず」も、活気はあれど、あまり学生が寄らないだろう古い商店街にあったのだ。
今でこそ、女性の大食いファイターやら大食い系youtuberやらが一般に浸透したのもあり、大食いは個性の一つというのは、さすがに理解はしているが、高校生になってもまだ、「女の子はそんなに食べない」という思い込みに囚われている。
誰に言われたわけでもないのに。
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