18人が本棚に入れています
本棚に追加
「いい?お母さんが今から言うことをよく聞いて」
彼女は僕の両肩をしっかりと掴んで言った。
「お母さんはどうしてもお仕事に行かなくちゃいけないの。その上、お坊さんが来てくれるのも夜になってしまうんですって。……たっくんは今日は学校を休んで。もうお母さんから連絡は入れたから。それで……お母さんが帰ってくる夜になるまで、絶対にドアを開けないで。昼や夕方に“お母さんの”声がしても開けちゃだめよ、それは偽物だからね」
「え、え、どういうこと?何か来るの?」
「おかごさま、が迎えに来てしまうの。自分を呼び覚ました子を、あの世につれていくために。……絶対そんなことさせない。だから、約束を守って。お母さんが帰ってくるまで、絶対にドアを開けないで。お願いね」
「う、うん」
半信半疑だったが、こんなに真剣な顔のお母さんは今まで見たことがない。僕は冷や汗をかきながらも頷いた。よくわからないけれど、大変なことが起きているのだけは確かなのだと思いながら。
そのままお母さんはスーツに着替えて、会社に出かけていってしまった。一人、和室のワンルームに取り残された僕は困ってしまう。食事は冷凍食品とカップ麺があるからいいとして、一体どうやって暇を潰せばいいのだろう。平日の日中にやっているテレビの多くが、子どもが見て楽しいものではないことを知っているから尚更である。
ちなみに、僕の家にはパソコンもないし、携帯電話も持っていない。我が家が貧乏というのもあるが、お母さん的には“中学生になるまでダメよ”ということらしかった。まあ、当時の僕のやんちゃぶりを見れば、信用がないのも仕方ないだろう。
――しょうがない。漫画でも読み直すかあ。
なお、せっかく時間があっても宿題をやらないのが僕である。いつもそのテのものは授業中にこっそり答えを書き写して提出するようなのが僕である。学校のパソコンでネット辞典の言葉をまるまる書き写して作文にして提出したこともある。当然、先生からもお母さんからも大目玉を食らったわけだが。
異変が起きるのは、そう遅いことではなかった。
とんとん、と。昼過ぎ頃に、玄関のドアがノックされるようになったのである。
『たっくん、たっくん』
外から、女の人の声がする。
『お願い、ここを開けて。迎えに来たの。お願い、開けて』
最初のコメントを投稿しよう!