リバイバル

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リバイバル

この本は僕のお祖父さんが残してくれた大切な本。 題名は「勇気と城 」僕のまだ生まれていない頃に出版された本だ。 百年以上も昔の話。 内容がフィクションなのかノンフィクションなのか僕には分からない。 「あの大きな城はなんだろう」 僕らの街の中央にそびえ立つ城、どちらかといえば要塞に近い外観だ。 コンクリートで固められた重々しい建物。 高さは十メートル以上はあるな。 「悠一、あんなものに興味があるのか。それよりサッカーの途中だぞ」 「あぁ。なぁ、中に入ってみたいと思わないか」 「ん?んー、いや。別に。なんせあそこは警備が厳しいしな。 近づくことも出来ないし。どうせ、中は空だ」 信二がボールをドリブルしながら近づいてきた。 「おい、悠一と佑斗。サッカーに集中しろって」 「悪い」 僕たちは、それ以来あの城については気にかけていなかった。 あの建物は、名前の由来は分からないが昔から勿忘草城と言われている。 勿忘草色とはワスレナグサという花の色で、水色と青に近い色らしい。 「ねぇ、父さん。あの城には何があるの」 父は僕の顔を見なかった。 「お前にはまだ早いよ」 「そう」 ぼんやりと灰色の空を見上げた。 「いつかわかる日がくる。まだ知らなくてもいい」 僕は空き缶を蹴って帰った。 そして、今18才の春。 重い鞄をひきずり路地に入った。 すえた臭いと、埃っぽい。ここからが近道でここを通るしかない。 薄暗い道の両脇には薄汚れた服を着た子供がうずくまっていた。 世界は発展していっていたが、そこには影もあった。 目に見えて貧困差が出て富裕層、普通の家庭はその身分だけが行ける学校に通っていた。 「お母さんどこ」 見ないようにして歩いた。ぴたり、足首に冷たい感触があった。 ちらりと見ると、子供が足首を掴んでいた。 「ひもじい。何か食べ物をちょうだい」 「触るな」 キッと睨み付けて言った。俺はこうするしかない。 この身分社会では生まれた家で人生が決まると言っても過言ではない。 幸運なことに、父が大企業に勤めていて給料は上の下だった。 そのおかげで、小学校も問題なく通わせてもらえた。 学歴社会のせいで、勉強の落ちこぼれも差別される。 選ばれた者しか学校には通わせてもらえない。 お金を持っていれば別だが。 チリンチリン。 町中のスピーカーから音がする。 今日もこの時間が来た。すっと軒下に寄って膝をついた。 礼拝の時間は、道の真ん中を空けなければならない。 「札が黄色のものは表を上げよ」 富裕層の上から数パーセントしかもらえない札。 僕の家は、その二段下である青色だ。 富裕層は優遇される決まりであり、道の真ん中を通る王様の顔が見られる。 貢ぎ物も不要である。 ちらりと床の水溜まりを反射させて、顔を見た。 ぼんやりだけど、おじさんであるのは確かだ。 これがバレたら首を落とされるかもしれない。 俺は、ぎゅっと目を瞑った。 「緑と青は手に持っているものを一つ差し出しなさい」 黙って、リンゴを一つ差し出した。 青の下からは、鼠色、その下が黒でそれらは貧困層に当たる。 貧困層は、農民やゴミ処理等の仕事が多い。 肉体労働の代わりに貢ぎ物は免除されている。 手からリンゴが取られてそのまま顔を下げていた。 ちなみに最下位の札のみ木の板で作られており、他は上質な竹、またその上は金属だ。 そして場所移動や結婚も、鼠色から下は制限される。 これがかなり厄介で、札がないと別の場所に行けない。 関所で止められたり、選挙権も消失する場合がある。 交友関係も同じ色同士が推奨される。 通りすぎた後、音が消えたのを確認してそれぞれが顔をあげた。 おつかいのリンゴを一つ渡してしまった。 母さんには事情を説明するしかない。 立ち上がり、家に向かう。 角を曲がったところで、声を荒らげている人がいた。 「うるさい。黙れ」 回りに人が群がっている。 「お前は侮辱罪で逮捕する」 「いつ俺が侮辱したんだよ」 いい歳の男が警察監視隊と言い合いをしている。 「**様の侮辱を確かにこの耳で聞いた」 この国には厳しい警察監視隊がいる。 街の者が国の悪口を言っていないか、スパイ探し、反逆者や思想家の取締り、団体での抗議行動の禁止を行っている。 国家転覆の芽を早めに摘み、誰も謀反を起こせない仕組みを作り上げている。 この間、逮捕された雑誌の編集者がいた。 国家を風刺した内容を発行したからだ。 僕はいち早くこの雑誌を入手していた。 雑誌は新刊が発行されたらすぐに確認にいく。 大体の週間雑誌は、次の日には購入禁止、廃棄にされる。 国家機関が一応検閲を行っているらしい。 世の中の富裕層の中には、こういう雑誌を集める趣味の人も出てきているらしい。 国家としては全て集め、廃棄し罰したいところではあるが、やはり労力がかかる為に諦めている。 風刺の中に書いてあったことに興味が沸いた。 『警察監視隊、こじつけか』 という題名と共に様々な悪事がかかれていた。 『少しでも国家に悪い感情を持った集まり、或いはサークルがあれば一人ずつ潰していく。 一人逮捕をすれば、後は共謀罪等と芋づる式で殲滅する。 逮捕には証拠が必要である。 その為に、国家は個人情報をメジャーな検索サイト二社から多額のお金で買っているらしい。 手段として悪口を言っていたことにすれば、一人でも多く逮捕が出来る』 これは案外当たっているのではないか。 僕は自室でその雑誌を何度も眺めている。 下手に外を出歩くと、問題に巻き込まれかねない。 携帯が震え、間島佑斗と表示が出た。 「おお悠一。佑斗なんだけど」 「何のよう?」 「ちょっと、面白い話があって。今から俺の家来れる?」 テンションがいつもより高く興奮しているのがわかる。 携帯も盗聴の恐れがあるからあまり話が出来ない。 「分かった」 支度をして、歩いて数分の彼の家に向かった。 インターホンを押すと、彼が待っていた。 「母さん隣の部屋にいるから、こっち」 この家には小学生時代からよく通っている。 彼のお母さんはとてもいい人だが、新興宗教にはまっている。 佑斗は、そんな母親にあまり会わせたがらない。 手招きをする彼について部屋に入った。 ベッドに腰かけると、彼はカーテンを閉めた。 ついでに部屋の鍵も閉めていた。 「なんか厳重だな」 「今から重要な話をする」 彼は引き出しの鍵を開けた。 更に、ぎっしりと入った教科書を机上に出すと底板を剥がした。 そこから手書きの冊子が出てきた。 「これ。あの城の機密文書なんだよ」 彼は僅かに小声になった。 「えっ、何持ってるんだよ」 「入手したんだよ」 「どうやって」 「まぁまぁ、落ち着けって」 俺は気づけば前のめりになっていた。 「悪い」慌てて座り直した。 彼は咳払いをすると、冊子を開いた。 「家の前の道を一人の王室幹部がたまたま通った時に、この冊子を落としていったんだよ。 それで、この冊子に何が書いてあると思う」 冊子の表紙には、外国の言語であると思われる言葉が連ねられていた。 「国交とか?」 「不正解」 「じゃあ、何かの記録」 「んー違うな」 「なんだよ。勿体ぶらないで早く教えろよ」 佑斗は顔を寄せて言った。 「あの城の構造と王についてだ」 心底驚いたが、彼に真剣な顔を向けた。 「最重要機密じゃないか。これを持ってることが知られたら」 「大丈夫さ。紛失したと知られたら彼はいいとこでクビ、最悪処刑。落とした彼だって公表はしないさ」 俺はゆっくり頷いた。 「これのことなんだけど、一緒に研究しないか」 彼を見返した。 「あの城の研究するのか」 「あぁ、そうだよ。城と皇族について。お前も昔からのロマンだろ」 「それは勿論そうだけど」 快諾出来ない訳があった。 俺たち準富裕層には未来がある。 この先、一流企業か公務員幹部になる。 そんなハイリスクなことをして、捕まりでもしたらそれこそ人生を棒に振る。 そんな真似はしたくない。 だからこそ、出来る限り静かに穏やかに生きてきた。 家族や親戚全員が悲しむ。 「これは淳平達にも話すのか」 「んー、それこそ誰かが裏切れば俺が処刑される。 人数が増えれば増えた分だけバレるリスクが上がるんだよ」 「そりゃそうなんだけどさ」 分かってる。俺を信用して頼んだことは。 「保留させてくれ。この返事は今度」 「分かった。くれぐれも内密に宜しく」 少し残念そうな佑斗の横顔を見た。 「そろそろお暇する。お邪魔しました」 お菓子は出してもらっていないから、邪魔したってほどではないけれど。 がちゃりと扉を開くと、ピンクのスリッパがあった。 直感で見てはいけないと身体が反応した。 足が動かない。変な汗が脇から出てくる。 顔を上げると微笑みを浮かべた顔と対面した。 「あら、来てたのね。悠一君。いらっしゃい」 全身の毛が一斉に逆立ったのがわかる。 「どうも。お邪魔しました」 「もう帰るの。ゆっくりしてって」 急いで階段を駆け降りた。
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