呪いと秘密の園

1/5
前へ
/15ページ
次へ

呪いと秘密の園

流れる川のせせらぎに青い山々。その風景に場違いな馬車が音を立てて石橋を渡る。 馬が高い声で遠吠えをした。 「ちょっと静かにしなよサリー。またお母様に怒られるだろ。なんてね、向こうに着いたらお母様にも挨拶をしないと」 「若様。どうなさいました。馬がまた何かやりましたか」 前に座っていた品のよい老婆が振り向いた。 「気にしないで婆あや。僕の一人ごとだよ。ほら、言われただろ。」 すると突然胸を抑えて苦しそうにうめいた。 「っ、また発作が。」 「若様。大丈夫でございますか?急いでペンダントを」 胸につけている時計型のペンダントを開け、その中から一粒サファイアのような薬を取りだし飲み込んだ。 「はぁ、はぁ、もう大丈夫。着いたら少し休むよ。」 「了解しました。長旅の疲れが出たのでしょう。アフタヌーンティの準備をしておきます。」 「婆あや、頼んだよ。」 しばらく、馬車は走り森をさらに深くまで走って行った。そして、間もなくして森を抜け丘の麓に出た。 「ここには、人は住んでいるの?」 麓には小さな町があり、朝の市場が開かれていた。人で賑わう市場を僕は高い位置から見下ろした。 「はい、このように大変賑わっております。」 群がっていた人々は散るように家に戻っていき、商人は商品の宣伝をし始めた。 「ようこそ、こんな田舎の遠い町へお越し下さいました。今朝とりたての卵です。そして、肉厚であっさりとした鶏肉です。」 「ラオール家様。こちらは、新鮮とれたての魚です。焼いて食べるととても良い香りがするんですよ。今晩の夕食にどうでしょうか」 「こちらは、熟成のピーク中である豚肉でございます。脂がのっていてとてもジューシーです。」 僕の夕食は料理長が決めることで、僕が口を出すことは許されていない。僕達は市場を抜けて丘の上へ向かった。 「どこへ行くの?あそこの村に住むのではないの。」 「いいえ、丘の上の別荘に住むのです。ほら、もうお見えになるでしょう」 丘の上には小さな風車がカラカラと風にゆられて回っている。その横に大豪邸がそびえ立っていた。貧相な麓町には不似合いなくらい立派なものだ。 「ここ?相変わらずだ、お母様は手をこんで。」 隣には白百合畑がいっぱいに咲き乱れていた。 「見事な白百合だね。腕の良い演芸師がいるのかな」 「これは隣の風車小屋のですよ。うちの土地ではありません。 さぁさ、中にアフタヌーンティが用意されてます。もう少ししたら、日もくれて気温が下がりますからお早く」 婆あやに促され中に入った。奥の部屋に向かった。豪勢な木の扉をノックした。 「はい」 「お母様、僕です。」 「お入りなさい。そろそろだと思ってたわ、ビオラ。お茶でも飲んで休みなさい。長旅だったでしょう。」 そう言って母は僕を抱きしめ頬に軽くキスをした。 「はい、お母様。それでは」 軽くキスをかえし部屋を出た。 早速、庭に出てきて散歩をしようと考えて窓を開いた。 百合の甘い香りに山の葉の青い匂い。 久しぶりだ。こんな新鮮な空気を肺いっぱいに吸うのは。 僕が昨日まで住んでいたのは、港の近くの賑やかな街だった。 行こうと思えば、歩いて5分でお店へだって工場だってある。 しかし、人の多さや工場排気ガスで少しも空気が良いとは言えない。 僕の特殊な病気が一向に回復を見せないので、母が別荘を買ってくれたのだ。 僕の病気は珍しいもので、そんじゃそこらの医者では到底手におえなくて、ここに研究者兼腕のよい医者がいると聞き付けてこちらの別荘にきた。 しばらくはここに住むことになる。もしくは、一生。 「ビオラ様、長旅お疲れ様でございました。どこへいらすのですか」 メイドが僕の意識を戻した。 「あ、サラ。久しぶり。白百合畑が見たくて、大丈夫。数分もすれば戻るから」 「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加