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君と紡いだ物語
仕事中、あまり寝ていないからか頭がボヤッとしていた。小説は無事完成して嬉しいはずなのに、なぜか心が晴れないみたいな感じだ。今日までしかうさぎと一緒に居れないのか……そんな事をぐるぐる考えながら、仕事をしていた。
小説完成祝いにケーキでも買って帰ろうと、いつもとは違う帰り道を歩いていると、笹山さんが向こう側の道を歩いているのに気付く。彼女の右手は誰かの手が繋がっていて、その人を愛しそうに眺めている笑顔があった。
……彼氏が居たんだ。だからあの日、彼と喧嘩したのか何か理由があって泣いていたんだね。
なぜか、ショックという気持ちよりも、良かったねって気持ちの方が先に出てきた。そんな事よりケーキを買って早く帰りたいな、うさぎの所へ早く帰りたい、そんな気持ちが勝っていた気がする。なぜか、分からないけれど。
白い箱の入った袋をぶら下げ、玄関のドアを開け「ただいまー」と言ったが、返事が無かった。嫌な予感がして、リビングに向かって走り出した。
「うさぎ!!」
そこには窓辺から差す、月明かりに輝くうさぎの姿があった。なぜか、体は少し消えかかっている様に見える。振り向いた白い顔を透明な雫がなぞっていく。その頬は煌めいて見える。
「瞬……遅いよ!」
僕は袋を床に落として、うさぎに手を伸ばし抱き締めた。ぬくもりも半分ぐらいしか感じない。どういう状況なのか、意味が分からなくてパニックになる。
「……うさぎ?」
「月が、私を迎えに来たみたいだね。正解に言えば、あの世に帰らなくちゃいけなくなったみたい」
「えっ?どういう、事?」
「私の秘密教えてあげる。あの日、私が瞬に〝一週間だけ一緒に居させて下さい〟って言った日。その日に私は死んだんだ」
「し、死んだ?う、嘘だよね?」
うさぎは必死に首を振って、話続けた。
「あの日、学校の帰り道。私はあなたに会う為に、坂道で自転車を走らせていた。気持ちだけが焦ってしまって、スピードが出すぎてたなんて気付かなかったんだ。そしたら、交差点から勢いよく車が飛び出てきて、衝突して体が浮かび上がった。アスファルトに叩き落とされるって思った時、その場所には何故か白いうさぎが居た。そして、その子と衝突したの。その時、私は死んだんだ。でもまだ未練があったから、そのうさぎに必死にお願いしたの。そうしたら〝一週間だけ生き返らせてあげる〟って、その不思議な力で一週間だけの命をもらったんだ」
うさぎの体は話している間も、少しずつ消えかかっていて……その体を必死に抱き締めるしかなかった。気付いたら、僕の頬は涙粒でたくさん濡れていた。
「な、なんだよ、死んでるって……そんな事、信じられないよ……」
「あの日、私はあなたに告白する為に生き返ったんだ。
私は……瞬の事が好きだよ、大好きだよ」
その透けて溶けてしまいそうな微笑みは、白くて美しくて本物のうさぎみたいで可愛い。
「僕だって、たぶん……」
その言葉を塞ぐ様に彼女の唇が僕に触れた。消えてなくなりそうだけど、その感触だけは温かくてマシュマロみたいに柔らかい。
「瞬、だめだよ。それ以上言わないで。この世にまた未練が残っちゃうから」
「何だよ、それ……こんな事になるなら、お前ともっとキスしとけば良かった」
「何、それ!瞬はスケベだね」
「は?どうせ、スケベだよ」
僕は頬を包み込んで、消えそうな唇にキスを落とした。うさぎの体が消えるまで、唇を離したくなかった。
だって、ずっと、ずっと、お前と一緒に居たいから。
これじゃ、まるで、君と紡いだあの物語みたいじゃんか。〝7日間のラブストーリー〟
一緒に作り上げた、一緒に綴った大切な物語。
本当の僕たちの物語は……これから一緒に紡いで行くんだよ。
誰でもない、君と、二人で——。
〝ありがとう。瞬〟
最後の囁きが耳に届くと、うさぎの体は月明かりの中に溶けて消えていった。
最後に残ったのは……綿雪みたいな煌めきと、微かなキスの感触とぬくもりだけだった。
「うさぎ……」
***
あれから、1ヶ月後……
心にぽっかり穴が空いてしまった僕は、何の楽しみもない孤独な日々を過ごしていた。本屋のレジに居たら、あの日みたいにうさぎがひょこっと現れるんじゃないかと思ってみたり。同じセーラー服を見たり、ツインテールを見たら振り返って探してしまう。
もうアイツは居ないのに……。
ビニール袋には一人分のお弁当。それをぶら下げながらドアを開ける。誰もいない部屋に「ただいまー」だけが、虚しくこだまする。
「うさぎ、短編小説大賞の結果が来たよ。開けていいか?」
一人で腰掛けたテーブルの上で、白い封筒の封を開ける。
指先が震えて、ぽとぽとと涙が溢れ出した。
〝優秀賞〟
僕は顔を上げ、窓辺に歩み寄り今宵の月を見上げた。まん丸で雪白に輝いていて、とても美しい。
うさぎもそこに居るのだろうか。
お餅をついて笑っているのかもしれないな。
「うさぎ、やったよ。大賞ではないけど二番目の優秀賞だ。すごいだろ?お前と作った物語だからな。本当にありがとな……」
月が見たいのに、涙が邪魔をしてゆらゆら揺らいで見えない。今更、こんな気持ちに気付くなんて……本当にバカだ。
後悔しても、もう、遅いんだ。
「明里、好きだよ」
これは、君と僕で紡いだ切なくも幸せだった一週間の恋物語。
✳︎end✳︎
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