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カーテンの隙間から差す光で目覚めると、彼は居なくて、また一人ぼっちだった。テーブルの上にはノート型パソコンと、メモが置いてある。
〝うさぎ、おはよう。これがパスワード。書きかけの小説、読んでみて。行ってきます〟
うさぎ、おはよう?行ってきます?
私は鼻血が出そうなぐらい舞い上った。
何か、嬉しい!恋人みたいじゃん♡こういうのやって見たかったんだよね。
パソコンを開き、マウスを握った右手に何かが当たり、チリンと音がした。それを掴んでみる。小さな鈴が付いたうさぎのキーホルダーの先には……
「えっ?合鍵?!」
昨日、何にも言わなかったじゃん。こういう事をサラッと出来ちゃう彼に、また惚れ直してしまう。喜びの雄叫びを我慢しながら、その鍵を胸の前でぎゅっと抱き締めた。嬉しい……。
でも、期待なんてしたらダメだ。彼とは後少ししか居られないし、彼には好きな人がいるんだから。いくら鈍い私だって、それぐらい分かる。
私は自分の恋を実らせる為に、彼の所に来たわけじゃない。彼の夢を叶える為なんだ。パソコンと向き合い、涙を堪えながらパスワードを打つ。小説の文面を見て唖然とした。
「何だ、これっ?!三行しか書いてないじゃんか!」
***
「ただいまー」
リビングのドアを開けた彼に向かい、キッチンから「おかえり」と言い放つ。
「この匂い……カレー?」
「うん!そう!いい匂いでしょう?初めてカレー作ってみたんだ。合鍵くれたから、スーパーで材料買って作ってみたよ」
「え、初めて?」
瞬は青ざめた顔をして、カレーの鍋を覗こうとしたので必死に阻止をし、とりあえず座ってもらった。
「いただきます」
「いただきます!」
美味しいって言ってくれるかな?ドキドキしながら、第一声を待った。
「んっ?!うすい!」
「え、な、何?うすい?カレーがうすい?何その、感想は?!」
「水加減を間違えたんじゃない?だいぶうすいけど、しるしる……」
「え、まさか?」
私も一口食べてみたが……やっぱりうすい。
「まぁ、初めて作ったんだよね?だったら仕方ないわ。ははは……」
何この、重苦しい空気は。一生懸命作ったのに。瞬が喜んでくれると思ったのに。
「美味しいよ、ありがとう!うさぎ」って笑って撫でてくれるって思ったのに……。
「ふぇっ、ふぇっ……瞬が喜んでくれると思って、頑張って作ったのに……そんな哀れんだ目をしないでよ。虚しくなるじゃんか……」
うわー、最悪!自分が悪いのに。また号泣してるよ。ほら、彼がまた困ってる。
「うさぎ、ごめん!作ってくれて、ありがとう。酷い事を言って悪かったよ」
彼の大きな手のひらが私の頭に伸び、優しく撫でてくれた。胸の奥の方がキュン!と音を鳴らす。こういう優しい所もやっぱり大好きだ。
思わず、彼の胸に飛び込んで泣いた。
「よし、よし!」
頭をポンポン!してくれる。女心を喜ばす様なステキな事できるじゃん。小説はダメダメだったけれど。そうだよ、あれじゃあ、ダメ!
「ねぇ、瞬。小説読んだけど、何あれ?あんなんじゃダメだよ!まずね、タイトルがダメ!」
「は?」
「1weekって何?」
「そのまま、一週間の事だよ」
「恋愛小説でそのタイトルはダメだよ!爽やかすぎない?読者は何を見て買うと思う?」
「……タイトルとか、あらすじ?」
「タイトルだよ!タイトル!どれだけ人の目を惹くタイトルかが勝負よ!これだとどう?惹かれる?」
「……ひ、惹かれないかな?」
「でしょう?却下!」
「じゃ、じゃあ……何がいいんだよ?」
「それは……分からないけどぉ」
「はぁ?」
彼は少しほっぺたを膨らませながら怒ってる様に見えるが、言い過ぎたと思いながらも私のダメ出しは止まらない。
それは深夜12時を過ぎても止まらない。
そんなこんなで、小説は全然進む気配がないまま……瞬との同棲生活は4日目に突入する。
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