君と紡いだ物語

6/6
前へ
/7ページ
次へ
瞬との同棲生活6日目。 彼が口にする言葉を私がパソコンで打つ。そんな風に小説を進めていた。〆切は明日の朝10時。今日中に完成させないといけない。恋愛漫画にうるさい私は、不満がいっぱいだった。 「何かさーキュン♡しないのよね」 「キュン?何それ、必要なの?」 「はぁ?必要に決まってるじゃん!よくそれで、恋愛小説を書こうって思ったよね?」 「は?キュンは分かんないけど設定とかは良くない?」 「男女の7日間だけのラブストーリー。彼女が毎日、デートのシナリオをくれる。ふむ、ふむ、面白いけど……なんかさ、ここの手を繋ぐとこがいまいち。よし、実践!」 私はドキドキしながらも、彼に右手を伸ばした。 「実践?」 「ほらっ!実際に手を繋いだ感想を小説に書くんだよ。その方がリアルでしょ?」 「は?まぁ、確かにそうだけど……」 そう言うと、彼の大きな手のひらが私の右手を握り締めた。ドキドキが加速して、体が一気に熱くなる。 「感想は?」 「柔らかいし、あったかい……」 「やれば出来るじゃん。思った事を小説にすればいいんだよ」 「なるほど!すごいな、うさぎ!」 昨日の瞬と笹山さんが抱き合っている光景が頭から離れないまま、パソコンを打つ。彼の恋が上手くいくなら、それでいいはずなのに。私に残された時間は後2日だ。この幸せな時間がずっと、ずーっと続けばいいのに、と思う。 「なぁ、うさぎ。小説、結構書けたし気分転換にどこか行かないか?」 「いいの?」 「うん。どこがいい?」 「じゃあ、この小説みたいに遊園地がいいな!」 *** 「相変わらず、セーラー服なんだな」 「うん、いいの!あれ、乗りたい!」 私がジェットコースターを指差すと、瞬の顔が青ざめていったが、気にする事なく手を引いて走った。 本当のデートみたいで楽しかった。 あの小説みたいな私たちの〝7日間のラブストーリー〟。 私の隣には大好きな人が居る。 手を繋いで、走って、喋って、笑って。彼に出会えた事を感謝しなくちゃ。 私はずっと学校で一人ぼっちだった。暗くて友達も居なくて、孤独だった。でもあの日、本屋であなたを見つけて恋をして、毎日がドキドキして楽しかった。そして、本当の自分を見つける事ができた。 ありがとね、瞬。 「うさぎ、楽しい?」 「うん!すごーく、楽しいよ!」 「僕も楽しい」 空が影を落とした頃、私たちは小説通りに観覧車に乗り込んだ。まだ手を繋いだまま彼は、観覧車の窓から見えるオレンジ色の空を眺めている。ドキドキが募る。彼のその目は私を見ていないのは知っているのに……今日ぐらい独り占めしたいと思う。私はいじわるな事を言い放つ。 「そう言えば、観覧車でのシーンもイマイチだったよ。手を繋ぐだけじゃなく、もっとキュン♡させられるシーンにしなくちゃ」 「う、またダメ出し?じゃあ、どうすればいい?」 「私を笹山さんだと思ってみて。そしたら、どうしたい?」 瞬が真剣な眼差しを向けてくる。その目線は違う誰かに向けられているのに、心拍が上がって顔に熱が集まってくる。 「……抱き締めたい」 「じゃあ、どうぞ」 彼の両腕が背中に回ると、温かいぬくもりにすっぽり包み込まれた。ドキドキしながら背中に腕を回すと、また頭を撫でられた。体全体からキュンの音が鳴り響く。もう死んでもいい。それぐらいの幸せを感じる。 「うさぎ」 名前を呼ばれて顔を上げると、両頬をぬくもりが包み込んだ。瞬の顔が目の前にあった。 こ、この展開は…… ガシャン! 「はーい!終わりでーす」 おっさんの声が観覧車の終わりを告げた。 私たちはパッと離れ、地上へと飛び降りた。   暗くなりつつある空の中を、また手を繋いで歩いた。ほとんど話す事がないまま、家へと帰って来た。 今更ながら、小説の〆切は明日の午前10時。 「やべー!今日は徹夜だ!」 「よし!頑張るよ!!」 ドキドキが収まらないまま、私はカタカタとパソコンを打つ。また言い争いをしながらも、それでもパソコンを打つ。意地でも完成させなきゃいけない。 あなたと私で紡ぐ物語。 パソコンの音は朝方まで鳴り響く。 午前8時。 ポチ! 「やったー!応募完了!」 「やったね!やっと完成した!」 私たちは変なテンションのまま、抱き締めあった。でも、すぐに恥ずかしくなって離れた。 「30分だけ寝たら仕事行くから、うさぎはゆっくり寝るんだよ」 「うん……お疲れ様」 「お疲れ様」 私はベッドに入って、布団を頭まで被った。 涙が止まらない。だって……今日で最後なんだ。そんなの信じられないよ。 瞬ともっと、ずっと、一緒に居たい。 枕をたくさんの雫で濡らしながら、私は瞼を閉じて眠りに就いた。 彼が締めたドアの音が、孤独感を残した部屋を切り裂いていった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加