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瞬との同棲生活6日目。
彼が口にする言葉を私がパソコンで打つ。そんな風に小説を進めていた。〆切は明日の朝10時。今日中に完成させないといけない。恋愛漫画にうるさい私は、不満がいっぱいだった。
「何かさーキュン♡しないのよね」
「キュン?何それ、必要なの?」
「はぁ?必要に決まってるじゃん!よくそれで、恋愛小説を書こうって思ったよね?」
「は?キュンは分かんないけど設定とかは良くない?」
「男女の7日間だけのラブストーリー。彼女が毎日、デートのシナリオをくれる。ふむ、ふむ、面白いけど……なんかさ、ここの手を繋ぐとこがいまいち。よし、実践!」
私はドキドキしながらも、彼に右手を伸ばした。
「実践?」
「ほらっ!実際に手を繋いだ感想を小説に書くんだよ。その方がリアルでしょ?」
「は?まぁ、確かにそうだけど……」
そう言うと、彼の大きな手のひらが私の右手を握り締めた。ドキドキが加速して、体が一気に熱くなる。
「感想は?」
「柔らかいし、あったかい……」
「やれば出来るじゃん。思った事を小説にすればいいんだよ」
「なるほど!すごいな、うさぎ!」
昨日の瞬と笹山さんが抱き合っている光景が頭から離れないまま、パソコンを打つ。彼の恋が上手くいくなら、それでいいはずなのに。私に残された時間は後2日だ。この幸せな時間がずっと、ずーっと続けばいいのに、と思う。
「なぁ、うさぎ。小説、結構書けたし気分転換にどこか行かないか?」
「いいの?」
「うん。どこがいい?」
「じゃあ、この小説みたいに遊園地がいいな!」
***
「相変わらず、セーラー服なんだな」
「うん、いいの!あれ、乗りたい!」
私がジェットコースターを指差すと、瞬の顔が青ざめていったが、気にする事なく手を引いて走った。
本当のデートみたいで楽しかった。
あの小説みたいな私たちの〝7日間のラブストーリー〟。
私の隣には大好きな人が居る。
手を繋いで、走って、喋って、笑って。彼に出会えた事を感謝しなくちゃ。
私はずっと学校で一人ぼっちだった。暗くて友達も居なくて、孤独だった。でもあの日、本屋であなたを見つけて恋をして、毎日がドキドキして楽しかった。そして、本当の自分を見つける事ができた。
ありがとね、瞬。
「うさぎ、楽しい?」
「うん!すごーく、楽しいよ!」
「僕も楽しい」
空が影を落とした頃、私たちは小説通りに観覧車に乗り込んだ。まだ手を繋いだまま彼は、観覧車の窓から見えるオレンジ色の空を眺めている。ドキドキが募る。彼のその目は私を見ていないのは知っているのに……今日ぐらい独り占めしたいと思う。私はいじわるな事を言い放つ。
「そう言えば、観覧車でのシーンもイマイチだったよ。手を繋ぐだけじゃなく、もっとキュン♡させられるシーンにしなくちゃ」
「う、またダメ出し?じゃあ、どうすればいい?」
「私を笹山さんだと思ってみて。そしたら、どうしたい?」
瞬が真剣な眼差しを向けてくる。その目線は違う誰かに向けられているのに、心拍が上がって顔に熱が集まってくる。
「……抱き締めたい」
「じゃあ、どうぞ」
彼の両腕が背中に回ると、温かいぬくもりにすっぽり包み込まれた。ドキドキしながら背中に腕を回すと、また頭を撫でられた。体全体からキュンの音が鳴り響く。もう死んでもいい。それぐらいの幸せを感じる。
「うさぎ」
名前を呼ばれて顔を上げると、両頬をぬくもりが包み込んだ。瞬の顔が目の前にあった。
こ、この展開は……
ガシャン!
「はーい!終わりでーす」
おっさんの声が観覧車の終わりを告げた。
私たちはパッと離れ、地上へと飛び降りた。
暗くなりつつある空の中を、また手を繋いで歩いた。ほとんど話す事がないまま、家へと帰って来た。
今更ながら、小説の〆切は明日の午前10時。
「やべー!今日は徹夜だ!」
「よし!頑張るよ!!」
ドキドキが収まらないまま、私はカタカタとパソコンを打つ。また言い争いをしながらも、それでもパソコンを打つ。意地でも完成させなきゃいけない。
あなたと私で紡ぐ物語。
パソコンの音は朝方まで鳴り響く。
午前8時。
ポチ!
「やったー!応募完了!」
「やったね!やっと完成した!」
私たちは変なテンションのまま、抱き締めあった。でも、すぐに恥ずかしくなって離れた。
「30分だけ寝たら仕事行くから、うさぎはゆっくり寝るんだよ」
「うん……お疲れ様」
「お疲れ様」
私はベッドに入って、布団を頭まで被った。
涙が止まらない。だって……今日で最後なんだ。そんなの信じられないよ。
瞬ともっと、ずっと、一緒に居たい。
枕をたくさんの雫で濡らしながら、私は瞼を閉じて眠りに就いた。
彼が締めたドアの音が、孤独感を残した部屋を切り裂いていった。
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